超約 ヨーロッパの歴史 増補版
ISBN:978-4-487-81689-7
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
発売年月日:2023年08月30日
ページ数:336
判型:四六
大人の必修科目・ヨーロッパ史をこの一冊でマスター!
ベストセラー歴史書の増補版、刊行!
ギリシャ、ローマといった古代から中世、近代、そして現代まで、2000年以上におよぶ「ヨーロッパ」の歴史を大胆に要約、すなわち、「超約」して解説。
ヨーロッパの歴史・構造を「ギリシャ・ローマ文化」「キリスト教」「ゲルマン戦士」という3つの要素に還元し、現在につながる流れが本質的に理解できる。
この世界的ベストセラー、“The Shortest History of Europe”の最新版を『超約 ヨーロッパの歴史 増補版』として刊行!
ロシア・東欧史の世界的論客、フィリップ・スラヴェスキが「後記」を執筆。
ロシアのウクライナ侵攻を歴史的に読み解き、ブレグジットなど現代のヨーロッパの状況を補完。
日本語版序文
大胆にして、なんだか面白いぞ、と興味を引き出してくれるような歴史の語りを聴講できたオーストラリアの学生たちは、幸せ者というべきだろう。本書(原題 The Shortest History of Europe)の元をなしたのは、著者ジョン・ハーストが約40年にわたって教鞭をとったラ・トローブ大学での講義だという。それを土台とした一般読者向けの書き下ろし、長いヨーロッパ文明史の特徴を1冊の短編で語ってしまおうというのが、本書である。正直、面白い。著者の捉え方の基本は、リベラルな歴史家が取るオーソドックスな枠組みからは外れず、議論すべきところはもちろん指摘できるだろう。しかし著者は、そんなことは承知で、敢えて大胆に書き下ろしているのだ。
ハースト先生は、専門性をおさえた上で初心者にも取りつきやすい「面白く読める」本を書くことに、大いなる才能を示した歴史家であるようだ。2016年に、73歳で逝去されているのが残念である。本書の冒頭2章の締めくくりにも登場する「なぜアボリジニは農民とはならなかったのか」についてであるとか、あるいは「流刑植民地であったオーストラリアは、どのようにして平和裡にデモクラシーへと移行できたのか」といったような率直な問いを立てて、一般読者が読める歴史書を書いてきた、オーストラリアを代表する歴史家の一人であったという。
本書は、ただ記述が巧みだとか、身近な関心をくすぐるような記述が興味をそそるというだけではなく、読者にもう一歩進んで考えることを促すという点でも、その大胆な構成と記述が、ウームと唸らせるような本である。執筆の動機は、といえば、最近の学生たちはオーストラリアという自国の起源にも関わっていたイギリスや、そのイギリスが位置していたヨーロッパ世界の歴史について、あまりに知らなすぎるのではないか、という著者の実感(危機感?)にあったらしい。日本の場合と照らして、何処も同様か、という思いを持つのは私一人ではあるまい。しかし、よしそれでは、と言って、こうした大胆な、小さな一冊で、基本的な知識と論点とを読ませてしまう本が書けるかといえば、それは簡単ではない。
しばらく前からの歴史記述の傾向には、大別して2種類あるように思われる。一方に、格好良く言えば「襞に分け入る」がごとくに細部にこだわって過去を記述してみようとする傾向がある。他方には、その対極として歴史の展開を大局的に記述して、たとえば病気であるとか環境とか、食糧事情であるとか、戦争であるとか、国や地域を限定せずに、グローバルに論じる傾向である。どちらが優れているというわけではない。記述の狙いが別々だということで、どちらもありうるのだ。
いうまでもなく本書は後者である。古代ギリシャ・ローマの世界から現代のEUに至るまでの長期的なスパンを念頭に、ヨーロッパ文明の特徴とはなんであったのか、またその地域世界は、どのような可能性や問題点を人類社会に投げかけてきたのか、と問う本書には、読者に知識を与えると同時に、考えさせる記述が満ちている。EUが大きな曲がり角に直面して苦悩している今だからこそ、そしてまたヨーロッパだけでなく世界全体が、大きな文明史的曲がり角に直面しているかもしれないからこそ、日本でもこの本は読まれるに値する。
増補版への追記
本訳書刊行の数年後に、2014年のクリミア略取だけでは満足しなかったプーチンが、かつてヒトラーのドイツが生存圏を主張して東方へ侵攻したのを反転したかのように、資源豊かな隣国ウクライナの東部へと侵略戦争を仕掛けるとは、なんたることだろう。戦術核をちらつかせ、市民を無差別攻撃させるプーチンは人類に対する犯罪者だが、他方EUの政治指導者たちは、クリミア侵略以後どう対応していたのか。増補版後記は、原著者ハーストが提起していたEUの未来に関する楽観的で肯定的な面を評価しつつ、しかし直近のウクライナ情勢を正確に捉えるためにも、「ヨーロッパの命運は東方にあり」と主要論点を補足して興味深い。これを記したスラヴェスキは、オーストラリア国立大学で研究教育にあたる気鋭の東欧現代史家という。名前からして東欧系の出自を持つ方なのであろうが、冷静で透徹した眼力を備えた人のように思える。ヨーロッパの歴史や東欧への関心が深いとは言い難い日本で、本文と合わせ、一読熟考のきっかけになれば幸いである。
日本語版監修者
福井 憲彦
本文冒頭部分
後記「ヨーロッパの命運は東方にあり」冒頭部分
はじめに
もしも読者であるあなたが、本書を読み飛ばして結末を先に読みたいと思ったら、きっと驚かれるに違いない。本書の結末はただちに、冒頭部分へと戻るからだ。本書はヨーロッパの歴史を違った視点から六度論じている。
本書の内容は、大学の学生向けにヨーロッパの歴史を紹介した講義録が元になっている。私は、歴史をそのスタート地点から語り始め、ゴールに向かって進めるという書き方をしていない。私は学生たちにまずひとつの概要を提示し、それから元に戻って細部を語るという方法を取った。最初の2つの講義はヨーロッパの歴史の全体像を概説したものである。これが字義通りの最も短い歴史である。次の6つの講義は個々のテーマについて論じたものである。その目的は「もっとも短い歴史」に立ち返って理解をより深め、より深い部分にわたって検証することにある。物語には、始まり・中間部・結末がある。その観点からすると、文明には筋書きがない。文明には必ず興隆と衰亡があると考えるとしたら、あまりにも物語にとらわれていることになる(もっとも文明は常になにがしかの結末をもつものだが)。私の目的はヨーロッパ文明の必須要素を捉えることであり、時の流れの中でヨーロッパの人々がいかに「再構成」し続けてきたかを知ることにある。つまり、古いものがいかに新しい姿を取るようになったか……、換言すれば、いかに古いものがしつこく生き延び、戻ってきたかを知ることでもある。さまざまな出来事や人々を扱う歴史書が巷には溢れている。それが歴史のもつひとつの力であり、人生によく似ているとも言われる。しかしそれがなんだと言うのだろう。本当に重要なものとは何だろうか。それが常に私の脳裏に去来する疑問だった。他の歴史書は多くの出来事や人々を取り上げているが、それらはほとんど本書では語られない。
ギリシャ・ローマの古典時代以後、本書が扱うのは主に西ヨーロッパの歴史である。ヨーロッパ文明を形成する上で、すべての部分が均質に重要であるとはいえない。イタリアのルネサンス、ドイツの宗教改革、イギリスの議会政治、フランスの革命的民主主義……、これらはポーランド分割よりはるかに重要な意義をもつ。
私は主に歴史社会学者、ことにマイケル・マンとパトリシア・クローンの著作に多くを負っている。クローン教授はヨーロッパ史の専門家ではない。彼女の専門はイスラム文化である。彼女のさほど厚くない著書『産業化前の社会』の中に、「ヨーロッパの奇妙さ」という章がある。それはわずか30ページで全歴史を語る、まさしく偉業である。これは私の「最も短い歴史」とほぼ同じページ数である。この章の内容は、ヨーロッパという混合物の製造と再製造という概念を私にもたらし、それが本書の最初の2章となった。クローン女史は私にかくも多大なる恩恵をもたらしてくれたのである。
オーストラリア、メルボルンのラ・トローブ大学での在職中に、幸運にも私はエリック・ジョーンズ教授という同僚を数年の間得た。彼は歴史を大局的に捉える勇気を与えてくれた。本書は彼の著書『ヨーロッパの奇跡』に負うところが大きい。私は本書において、この手法以外に訴えるべき独創性をもっていない。私はこの内容を最初にオーストラリアの大学生に向けて講義した。彼らはオーストラリアの歴史はよく学んでいるものの、はるかかなたの文明に関する知識がほとんどなかった。
なお、この版では初版から改定を行い、19世紀と20世紀について論じた新たな2章を付け加えている。
ジョン・ハースト
目次
コンテンツ
第2章 近代
幕間:「古典」という感覚
第3章 侵略と征服
第4章 統治の第一形態
第5章 統治の第二形態
第6章 皇帝とローマ教皇
第7章 言語
第8章 普通の人々
幕間:ヨーロッパとは何か
第9章 工業化と革命
第10章 2つの世界大戦
後記 ヨーロッパの命運は東方にあり