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赤ちゃんの命を守るあおむけ寝

赤ちゃんの命を守るあおむけ寝
乳幼児突然死症候群にならないために

仁志田 博司/著

ISBN:978-4-487-81646-0
定価1,870円(本体1,700円+税10%)
発売年月日:2022年11月04日
ページ数:184
判型:46

解説:
乳幼児の命を突然に奪う「乳幼児突然死症候群(SIDS)」。
長年、原因不明の疾患とされてきたが、近年その原因と対策が明らかになった。
本書では、まず乳幼児突然死症候群とはどんな疾患であるのかを検証し、その不条理な疾患がもたらす家族、特に母親の悲しみの深さを浮き彫りにする。
次に乳幼児突然死症候群の病態が解明されるまでに研究者たちが歩んできた道のりを振り返り、近年になってようやくAndré Kahn 博士らの研究によって明らかにされたSIDSの病態生理を解説する。
そして人類学的見地から、赤ちゃんのあおむけ寝が人類を進化させ、突然死を減少させたことを述べる。
さらに乳幼児突然死症候群の発生が育児環境に大きく影響されることを踏まえ、うつぶせ寝保育が最も重要なリスク因子であるということに至るまでの歴史的経緯をたどる。
そこには著者も含めた医療者による人為的な関わりがあったことを、深い反省と共に再確認する。
最後に、近年は働く母親が当たり前となり、これまでの家庭中心だった乳幼児の養護において保育施設の重要性が増してきた。
それに伴う、乳幼児突然死症候群の予防が保育施設の大きなテーマとなっている。
その最新のガイドラインを解き明かす。

はじめに

 1995年(平成7年)、25年以上も前に私は『乳幼児突然死症候群(SIDS)とその家族のために』というタイトルの本を書いた(SIDS(シズ): Sudden Infant Death Syndrome)。それは、幼児の命を突然に奪うこの病気を世に知ってもらうことに加え、悲しみに暮れる家族を何とか支援したいという思いからであった。ちょうどその頃からこの病気の重要性が広く世に理解されるようになり、幸いにもうつぶせ寝保育などのリスク因子が明らかになったことで、その発生頻度は大幅に減少していった。今回、再び乳幼児突然死症候群についてどうしても書きたいと思った主な理由は三つある。
 まず一つは、これまで乳幼児突然死症候群を取り上げるどの文章でも「原因不明の疾患」が枕詞に用いられていたが、近年の研究の成果によりその病態が「人類の赤ちゃんは生理的未熟性を持って生まれることに起因する」ことが明らかになったため、ようやくおどろおどろしい「原因不明の疾患」というレッテルを剥がすことができたからである。
 二つ目は、うつぶせ寝保育が乳幼児突然死症候群の発生頻度を高めていることが明らかとなり、あおむけ寝保育を推奨することで乳幼児突然死症候群の発生頻度が従来の約10分の1と大幅に減少したことである。それまで乳幼児突然死症候群は新生児期を過ぎた1歳までの乳幼児の死亡原因の第1位であったのが、ここ数年では3番目あるいは4番目まで下がり、少なくとも米国では自動車事故による乳幼児死亡を防ぐことの方が重要とされるほど危険度は低いレベルとなったのである。
 三つ目は、「SIDSとうつぶせ寝」の関連を研究している中で、世界的な霊長類研究者である松沢哲郎・元京都大学特別教授が、その著書の中で「赤ちゃんの仰向け姿勢が人間を進化させた」と述べていることを知ったからである。松沢博士は、あおむけ姿勢で寝る人間の赤ちゃんは自分をケアしてくれる周囲の養護者に目や声で働きかけ、さらに手を使うことによって、出生後から周囲とのコミュニケーション能力を高めると述べている。加えて赤ん坊の愛らしいほほ笑みや仕草が、人間本来の相手を慈しむ心を周囲の大人から引き出し、成長の支援を受けることは、乳幼児の発達に重要な意味を持っている。実は恥ずかしながら私は、松沢博士に指摘されるまでこの赤ちゃんのあおむけ寝の重要性に思い至らなかった。
 1950年代は、主に小児科医による研究や、赤ちゃんがよく寝るなどの養育者側の功利的理由から「うつぶせ寝保育」が世界の潮流となっていた。そのことにより、なんと多くの乳幼児の命が失われたことであろうか。私自身も新生児医療の専門家ながら、先述した人類の「あおむけ寝保育」の進化論的重要性を知らずに赤ちゃんの睡眠姿勢は「うつぶせ寝」が医学的に良い、と長い間お母さん方に指導していたのである。その後悔と自戒の念を込めて、これまでの乳幼児の「うつぶせ寝保育とあおむけ寝保育」の論争の歴史を振り返り、未だ巷に流布している乳幼児の睡眠姿勢に関する誤った情報を正すことが私の責務と考えた。
 本書では、まず乳幼児突然死症候群とはどんな疾患であるのかを検証し、その不条理な疾患がもたらす家族、特に母親の悲しみの深さを浮き彫りにする。次に乳幼児突然死症候群の病態が解明されるまでに研究者たちが歩んできた道のりを振り返り、近年になってようやくアンドレ・カーン(André Kahn)博士らの研究によって明らかにされた乳幼児突然死症候群の病態生理を解説する。さらに乳幼児突然死症候群の発生が育児環境に大きく影響されることを踏まえ、うつぶせ寝保育が最も重要なリスク因子であるということに至るまでの歴史的経緯をたどる。そこには私も含めた医療者による人為的な関わりがあったことを、深い反省とともに再確認する。最後に、近年は働く母親が当たり前となり、これまでの家庭中心だった乳幼児の養護において保育施設の重要性が増してきた。それに伴い、乳幼児突然死症候群の予防が保育施設の大きなテーマとなっている。その最新のガイドラインを解き明かす。

著者

著者情報

仁志田 博司(にしだ ひろし)
1942年 福島県生まれ。
小児科医・米国新生児周産期専門医。
1968年 慶應義塾大学医学部卒業。
1969~74年 米国で小児科学・新生児学研修。
現在は東京女子医科大学名誉教授・北里大学客員教授。
神奈川県厚木市在住。
著書:『新生児入門』(編集 医学書院、2108)、『出生と死をめぐる生命倫理-連続と不連続の思想(医学書院、2015)、『赤ちゃんの心と出会う 新生児科医が伝える「あたたかい心」の育て方』(小学館、2014)、『乳幼児突然死症候群とその家族のために』(東京書籍、1995)ほか

コンテンツ

はじめに 2

第1章 乳幼児突然死症候群とは  9
1 不意に失われた赤ちゃんの命の事例 11
2 乳幼児突然死症候群の歴史 21
3 日本における乳幼児突然死症候群(SIDS)の認知と研究所の発足 24
4 SIDSの定義をめぐって 30
5 未然型乳幼児突然死症候群(apparent life threatening event: ALTE) 33

第2章 乳幼児突然死症候群の病態生理の解明への歩み 35
1 SIDSを覆い隠していた様々な疾患 37
2 SIDSの基本病態:睡眠時無呼吸からの覚醒反応の遅延 47
3 SIDSの病態生理解明に貢献したアンドレ・カーン博士 51
4 疫学的研究から判明したこと 56
5 SIDSの病態「覚醒反応の遅延」 の背景には
「人類の赤ちゃんが生理的早産で生まれること」がある 63

第3章 人間の赤ちゃんがあおむけで寝る人類学的理由  71
1 常習的にあおむけに寝ることができるのは人類の赤ちゃんだけである 72
2 あおむけ寝保育が人類を生物学的存在の人から
社会的存在の人間に進化させた 76
3 あおむけ寝保育の有用性:人間の赤ちゃんは生理的に早産で
生まれるゆえに養育者を必要とする 80
4 あおむけ寝姿勢による周囲とのコミュニケーションの重要性 83
5 あおむけ寝によって両手が自由になる 87

第4章 なぜ人間の赤ちゃんがうつぶせ寝にされたか 91
1 乳幼児における睡眠 94
2 乳幼児の睡眠時姿勢の歴史的変遷 96
3 うつぶせ寝保育の世界的広がりとその影響 99
4 日本にうつぶせ寝保育が導入された経緯 102
5 うつぶせ寝保育とあおむけ寝保育におけるミルク誤飲のリスクの論争 106

第5章 うつぶせ寝保育と乳幼児突然死症候群  109
1 うつぶせ寝保育とSIDSの疫学的データ 111
2 添い寝とSIDS 118
3 うつぶせ寝保育がなぜSIDSのリスク因子となるのか 121
4 寝返りによるうつぶせ寝のSIDS発生へのリスク 123
5 うつぶせ寝とあおむけ寝保育がもたらす頭の形への影響 126

第6章 保育施設におけるうつぶせ寝保育の問題 131
1 育児における保育施設の必要性 132
2 保育施設における園児の突然死 137
3 保育施設における「うつぶせ寝保育をめぐる問題」 140
4 保育施設におけるSIDS発生を防ぐには 143

第7章 SIDS家族の会とグリーフケア 153
1 SIDSという病気が遺族に落とす深い影 155
2 日本SIDS家族の会ができるまで 160
3 日本SIDS家族の会の活動 164
4 グリーフケアとビフレンダーの役目 169
5 SIDS家族の会の今後 171

おわりに 174
参考文献 178