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「日本」という国名の読み方について、教科書ではどちらかに統一していますか。「にほん」という場合と「にっぽん」という場合とがあると思うのですが、もし統一しているなら、その理由も教えてください。
 弊社としましては、編集部の内規として、韻文的音数の関係など特別な理由がない限り、国名としては「にっぽん」と読むことにしておりますが、厳密な形での統一はしていません。
 国名としての「日本」の読み方は、その根拠となる法律などの規定がありません。一般的にも読み分けについてはっきりしたルールがないように思われます。
 ちなみに1970(昭和45)年7月に、第三次佐藤内閣によって「にっぽん」とする閣議決定がなされたという説があります。しかし、内閣府に問い合わせたところ、閣議決定されたなら何らかの文書が残っているはずが何も残っていないので、閣議決定されてはいないとのことです。閣僚懇談会の席で、佐藤首相が「にっぽんと読んでいこう」という話をしただけというのが真相のようです。
 また、どちらかに統一しようという試みが行われたことはあったようで、1934(昭和9)年、臨時国語調査会が、国号については「にっぽん」を統一して使うことにし、ある種の固有名詞については「にほん」でも可、という見解を発表しています。しかし、結局定着はしていません。
5年生の「水産業」に関する統計資料で使われる用語として、「水あげ量」や「生産量」、「漁獲量」があると思うのですが、これらの用語の違いは何でしょうか。
 農林水産統計上、「水産業」は大きく「漁業」「水産加工業」の二つに分けられ、さらに「漁業」は「漁業」(獲る漁業)と「養殖業」(育てる漁業)に細分されます。この分類に従い、(獲る)漁業により採捕した水産動植物の重量を「漁獲量」、養殖業により収穫した水産動植物の全ての重量を「収獲量」と言います。通常、「漁獲量」と「収穫量」を合わせた概念として「生産量」の用語が使われています。教科書では、「獲る漁業」と「育てる漁業」の二つを扱っているなかで、特に使い分ける必要のある場合以外は「生産量」を用いています。
 以上の用語がいずれも、捕獲・収穫時の量を指すのに対し、「水揚げ量」は漁港に水揚げされた時点での重量を指します。船上で加工したり、船内食に用いたりすることがあるので、捕獲・収穫時の重量とは異なってきます。
5年生の「工業生産と工業地域」の小単元で、北九州工業地域と地図中に記載されています。以前は、北九州工業地帯としていたと思いますが、変わったのはなぜですか。
 北九州について、工業地帯と呼んでも工業地域と呼んでも間違いではありません。教科書検定においてもどちらの表記も認められていますし、いずれも通用する呼び方です。
 工業地帯と工業地域の呼び方の違いですが、明確な定義はないものの、工場が集積した歴史的な展開、工業地の広がり具合や生産額の規模を考慮して、地帯と地域が区別されています。
 日本の産業発展の歴史から、従来は京浜・中京・阪神・北九州を指して四大工業地帯とするのが一般的でした。しかし、近年の北九州の生産額が京浜・中京・阪神と比べて著しく低くなっており、かつ、工業地域と称している東海、北陸、京葉などと比べても大差ない現状から、「四大工業地帯」の言葉は使われなくなってきています。それに伴って「北九州工業地域」と表記される場合が増えてきています。
 教科書の記述も、こうした状況を反映して、「地帯」、「地域」の両方が使用されているわけですが、弊社では平成17年度使用の教科書から「地域」と表記することとしています。
「大和朝廷」の表記が、「大和朝廷(大和政権)」に変わったのはなぜですか。
 「大和朝廷」および「大和政権」の表記について、近年の研究では、「朝廷」は大王を中心に一定の臣僚集団による政治組織が形成された段階を指すものとして用いられ、それ以前の内廷的・宮廷的な段階は「政権」と表記するのがよいという考え方が中心となっています。小学校の発達段階では、「政権」としての段階と「朝廷」としての段階を、細かく区別して捉えることが難しいため、これまでは、その二つを包括して、「大和朝廷」と表記していましたが、古墳時代から徐々に大和政権が成立した様子を扱えるようにという指導要領の主旨をふまえ、令和2年度教科書では、本文の初出の箇所には、「大和朝廷(大和政権)」と二つの名称を併記しました。
6年歴史編に出てくる身分制度についてですが、以前の教科書の「村人」という記述が、現在の教科書では「百姓」という記述になっているのはどうしてですか。
 「百姓」とはもともとは「一般の人々」という意味でした。「百聞は一見に如かず」などと使われるように、「百」という言葉は「多くのもの、種々のもの」を意味します。やがて、在地領主として武士が登場すると、しだいに年貢などを納める人々を指すようになり、近世には武士身分と百姓身分が明確に区別されることになりました。百姓身分には、漁業や林業に従事する人々もおり、百姓=農民ということではありません。
 このため、「武士」や「町人」と同じレベルで身分を表す用語としては「百姓」が正確な表現であること、また「百姓」という言葉の本来の意味を理解することが大切であることなどをふまえ、中学校の教科書では平成9年度本から「百姓」と表記しています。小学校では平成12年度本から「村人(百姓)」との表記に改めましたが、より正確な表記とするため、平成17年度の教科書からは、上記のような言葉の解説を教科書でほどこし、身分を表現する呼称としては「百姓」を用いています。
 なお、以前の教科書で「村人」の用語を採用したのは、内容上は「百姓」と表記することが正確であっても、小学校段階ではこの語が侮蔑的に弄ばれる危惧を否定しきれないことに配慮し、あくまでも過渡的な表現として「村人」という表記を使用しました。しかし、歴史用語としての「村人」は中世末の村役人層を指し、「百姓」身分を「村人」と表記するのは、歴史記述としては不正確という指摘や、教育現場での「百姓」という用語の定着状況などを鑑み、「百姓」に変更することで記述が正確かつすっきりしたものになると判断し、変更にいたりました。不用意な使用への配慮として、初出のp.73に用語解説を設け、歴史的用語としてしっかりおさえることができるようにしてあります。
以前の教科書ではよく使われていた「士農工商」や「四民平等」といった記述がなくなったことについて、理由を教えてください。
 かつては、教科書に限らず、一般書籍も含めて、近世特有の身分制社会とその支配・上下関係を表す用語として「士農工商」、「士と農工商」という表現が定説のように使われてきました。しかし、部落史研究を含む近世史研究の発展・深化につれて、このような実態と考えに対し、修正が加えられるようになりました(『解放教育』1995年10月号・寺木伸明「部落史研究から部落史学習へ」明治図書、上杉聰著『部落史がかわる』三一書房など)。
 修正が迫られた点は2点あります。
 1点目は、身分制度を表す語句として「士農工商」という語句そのものが適当でないということです。史料的にも従来の研究成果からも、近世諸身分を単純に「士農工商」とする表し方・とらえ方はないですし、してきてはいなかったという指摘がされています。基本的には「武士-百姓・町人等、えた・ひにん等」が存在し、ほかにも、天皇・公家・神主・僧侶などが存在したということです。この見解は、先述した「農民」という表し方にも関係してきます。
 2点目は、この表現で示している「士-農-工-商-えた・ひにん」という身分としての上下関係のとらえ方が適切でないということです。武士は支配層として上位になりますが、他の身分については、上下、支配・被支配の関係はないと指摘されています。特に、「農」が国の本であるとして、「工商」より上位にあったと説明されたこともあったようですが、身分上はそのような関係はなく、対等であったということです。また、近世被差別部落やそこに暮らす人々は「武士-百姓・町人等」の社会から排除された「外」の民とされた人として存在させられ、先述した身分の下位・被支配の関係にあったわけではなく武士の支配下にあったということです。
 これらの見解をもとに弊社の教科書では平成12年度から「士農工商」という記述をしておりません。
 さて、「士農工商」という用語が使われなくなったことに関連して、新たに問題になるのが「四民平等」の「四民」をどう指導するかという点です。
 「四民平等」の「四民」という言葉は、もともと中国の古典に使われているものです。『管子』(B.C.650頃)には「士農工商の四民は石民なり」とあります。「石民」とは「国の柱石となる大切な民」という意味です。ここで「士農工商」は、「国を支える職業」といった意味で使われています。そこから転じて「すべての職業」「民衆一般」という意味をもちました。日本でも、古くから基本的にはこの意味で使われており、江戸時代の儒学者も職業人一般、人間一般をさす語として用いています。ただし、江戸時代になると、「士」「農」「工」「商」の順番にランク付けするような使われ方も出てきます。この用法から、江戸時代の身分制度を「士農工商」という用語でおさえるとらえ方が生じたものと思われます。
 しかし、教科書では江戸時代の身分制度を表す言葉としては、「士農工商」あるいは「士と農工商」という言葉を使わないようにしています。以前は「四民」本来の意味に立ち返り、「天下万民」「すべての人々」ととらえていただくよう説明してきました。しかし、やはりわかりにくい、説明しにくいなどとのご指摘はいただいており、平成17年度の教科書から「四民平等」の用語は使用しないことにしました。
 「四民平等」の語は、明治政府の一連の身分政策を総称するものですが、公式の名称ではないので、この用語の理解自体が重要な学習内容とは必ずしもいえません。むしろ、以前の教科書にあった「江戸時代の身分制度も改めて四民平等とし」との記述に比べ、現在の教科書の「江戸時代の身分制度は改められ、すべての国民は平等であるとされ」との記述の方が、近代国家の「国民」創出という改革の意図をよりわかりやすく示せたとも考えております。  (「四民」の語義については、上杉聰著『部落史がかわる』三一書房p.15-24を参考にしました。)
「新しい社会」3年p.99の消防署の勤務時間表に、「当番」「非番」「休み」とあります。「非番」は勤務しないので休みだと思うのですが、「休み」とどう違うのでしょうか。
 表にあるように、消防署では、1日交代で当番・非番を繰り返すことが一般的です。これは、労働日2日のうち1日を当番勤務、もう1日を非番勤務とするもので、2日分の仕事を1日にまとめて行うという考え方です。つまり、非番日分の勤務時間を当番日に繰り上げることで、24時間連続勤務ができるようにしているわけです。ですから、非番日はあくまでも労働日であり、休日ではありません。
 消防署ではこのように、労働日2日分の勤務時間を1日にまとめるなど、勤務時間を工夫して、24時間いつでも出動できる体制をとっています。このような勤務時間の工夫は、警察署でも同様に行っています。