ANTS アリの世界 ビジュアルガイド

ANTS アリの世界 ビジュアルガイド

ヘザー・キャンベル/著 ベンジャミン・ブランチャード/著 丸山 宗利/監修

ISBN:978-4-487-81884-6
定価4,950円(本体4,500円+税10%)
発売年月日:2026年08月28日
ページ数:224
判型:B5変形

解説:
アリは、私たちにとってもっとも身近な昆虫の一つである。少しでも土のある場所で地面に目を向ければ、必ず何らかのアリの巣を見つけることができる。しかし、そのように身近な存在でありながら、巣の中で何が起きているのかを知る人は多くない。実はアリの社会は、驚くほど多様で興味深い出来事に満ちているのである。
アリはもっとも成功した昆虫の分類群の一つでもある。とくに熱帯林においては、生態系の主要な構成要素として大きな役割を担っており、森を支配しているといっても過言ではない。また、種数も非常に多く、それぞれの種ごとに形態や生活様式の違いが見られる。
本書は、そうしたアリの生物学的な面白さと、多様性の豊かさに着目し、それらを余すところなく紹介している。とりわけ、多くの紙幅を割いて解説される主要な分類群の紹介は重要であり、これによってアリ全体の多様性の実像を体系的に理解することができる。
さらに、全編にわたり美しい写真が数多く収められており、視覚的な魅力が読み進める楽しさをいっそう高めている。
本書はアリの世界を楽しく、かつ深く知るための一冊として、極めて完成度の高いものと言えるだろう。
(後略)

「序文 日本語版刊行にあたって」(丸山宗利)より

序文 日本語版刊行にあたって

 アリは、私たちにとってもっとも身近な昆虫の一つである。少しでも土のある場所で地面に目を向ければ、必ず何らかのアリの巣を見つけることができる。しかし、そのように身近な存在でありながら、巣の中で何が起きているのかを知る人は多くない。実はアリの社会は、驚くほど多様で興味深い出来事に満ちているのである。
 本書でも触れられているように、アリはもっとも成功した昆虫の分類群の一つでもある。とくに熱帯林においては、生態系の主要な構成要素として大きな役割を担っており、森を支配していると言っても過言ではない。また種数も非常に多く、それぞれの種ごとに形態や生活様式の違いが見られる。
 本書は、そうしたアリの生物学的な面白さと、多様性の豊かさに着目し、それらを余すところなく紹介している。とりわけ、多くの紙幅を割いて解説される主要な分類群の紹介は重要であり、これによってアリ全体の多様性の実像を体系的に理解することができる。
 さらに、本書には美しい写真が数多く収められており、視覚的な魅力が読み進める楽しさをいっそう高めている。
 ともあれ、本書はアリの世界を楽しく、かつ深く知るための一冊として、極めて完成度の高いものと言えるだろう。
 なお本書では、読みやすさのため、可能な限りすべての分類群に和名を付し、必要に応じて新たに命名を行った。この作業にあたっては、九州大学の細石真吾博士および松浦公平氏より有益なご助言をいただいた。ここに記して深く感謝申し上げる。

日本語版監修者
丸山宗利

はじめに

 アリ─この小さな生物は、働き者で、どこにでも見られ、世界中の誰もがすぐにそれと認識できる。私たちは都市の歩道から熱帯雨林の樹冠(じゅかん)まで、至るところでアリを目にするが、なぜアリが陸上のほぼあらゆる場所に生息するほどに繁栄できたのか考える機会はめったにないだろう。アリは昆虫全体のバイオマス(生物量)の1/3を占めており、それだけで陸上の全脊椎動物の量を何倍も上回っている。ハキリアリの1つのコロニー(群れ)で生活するアリの個体数は、ニューヨーク市の総人口よりも多い(860万人に対して1000 万匹)。しかし個体数の多さだけでは、アリの繁栄の決定的な理由とはいえない。それ以上に重要なのが、アリが生態系の中で果たしている大きな役割と、ほかの生物との幅広い相互関係である。バーチェルグンタイアリ(Ecitonburchellii)を例にとってみると、この一種だけで少なくともほかの557の生物種と関わりがあり、そのうち200 種以上は鳥類だ。
 アリと他種との関係は、たとえば密接な共進化を経てアリをすまわせるための特殊な構造をもった植物との相利共生や、アブラムシの世話役など多岐にわたる。アリは貪欲な捕食者であり、化学兵器に加えて立派な大顎(おおあご)、さらに強力な刺針(ししん)を駆使して、自身よりもはるかに大型の獲物を倒すことで知られている。また、アリはほかの無脊椎動物や、食料として栽培する菌類など、ほかのさまざまな生物を巣に招き入れることがある。クモなどの中にはアリに擬態したものがいるが、これは自身を攻撃的、あるいは食べておいしくないアリだと思わせることで生存に有利にするためだ。
 一般にアリと呼ばれているアリ科というグループは、さらに大規模な昆虫の分類群であるハチ目(もく)(膜翅目(まくしもく)とも)に属しており、ここにはほかにハチの仲間も含まれる。これまでに1万4000種のアリが知られているが、いまだに発見や記載がされていないものがさらに1 万種は存在すると考えられている。アリ科は現生種で構成される16 亜科と、絶滅種のみを含む6 亜科に分けられる。亜科ごとの多様性には大きな幅があり、一種のみからなる亜科もある一方で、極めて繁栄したフタフシアリ亜科は7000 種以上を擁している。
 アリを見て、それがアリであると判断するのはたやすいことだ。しかし何がアリをアリたらしめているのかと聞かれると、答えに迷うだろう。アリの特徴としては、腹部の細くくびれた腰、「く」の字型に曲がった触角、そして後胸腺(こうきょうせん)の存在が挙げられる。見て分かりやすい特徴は、労働カースト(階級)に有翅(ゆうし)個体(羽アリ)がいないことで、この点で近縁のハチ類の多くとは一線を画している。たいていのアリは、見た目には6 本脚の生えた黒っぽい点のようで、せわしなく走り回っていれば、どの種か判別するのはかなり困難だ。顕微鏡で観察して初めて、鎌のような大顎や、ものものしいトゲ、奇妙な形をした体毛、輝く大きな丸い目といった特徴を備えた、数々の外見の違いが明らかになる。
 著者はいつしか、アリの社会─協力して餌を探し、子育てをする、メス中心のコロニーに魅せられていた。1つのコロニーは、種によってわずか数匹から最大で100 万匹の個体で構成されることもある。その中には1 匹または複数の女王アリが存在し、その子どもであるメスの働きアリが餌を集め、巣の中の幼虫を世話する。つまり、すべての働きアリは事実上の姉妹にあたる、近縁な関係にあるということだ。女王アリは長寿(ある種では最大30年)だが、反対にオスは概して短命で、せいぜい女王アリと交尾するまでしか生きることができない。アリはこの基本的な生態を多様に発展させており、女王アリがおらず、代わりに生殖可能な働きアリをもつ種もあれば、他種のアリの巣に寄生して生活する種もある。
 アリに関することで特に私たちの興味を引くものといえば、おそらくはその行動だろう。アリは巣を侵入者から守ったり、集団で狩りをして餌を巣に持ち帰ったりするために、すぐれた協力とコミュニケーションの能力を備えている。また、ある種の女王アリは一生のうちに2億5000万個以上もの卵を産む生殖力をもっている。
 さらに他種のアリの巣に侵略してその女王アリを殺し、残された働きアリたちを操って、自身の子どもに餌を与えて育てさせるものもいるのだ。さらには、傷ついた仲間を助けるために、まるで救急車のように巣まで運んで休ませ、回復させるアリの存在さえ知られている。本書ではこうしたアリの行動の驚くべき側面に加え、個体間の交流、体の構造、生態を紐解いていく。

アリの研究者

 アリの生物学を専門に研究する科学者はアリ学者(myrmecologist)、研究分野そのものはアリ学(myrmecology)と呼ばれている(ギリシャ語でアリを意味するmyrmex が由来である)。アリの生物学のさまざまな側面を調査する自然科学者のみならず、コンピューター科学者や技術者までもがこの昆虫を研究し、米国、ブラジル、ドイツ、オーストラリア、フランス、日本、中国、英国に専門機関が存在している。昆虫学のほかの分野でもそうだが、熱帯地域は膨大な種の多様性を誇っているにもかかわらず、アリの種多様性に関しては概してあまり調査が進んでいない。この状況は変わりつつあるが、グローバルサウスの国々におけるアリ研究への投資が不可欠だ。旧来、ヨーロッパと米国の男性研究者がアリ学の草分けと考えられており、女性やほかの各国の研究者の貢献はないがしろにされることも多かった。現在のところ、アリの研究書の著者は女性が全体のおよそ1/3であり、ほかのマイナー分野における研究者の比率に関してはこうしたデータも見つからない。女性の参入も増えているとはいえ、真に多様で公平なアリ学者のコミュニティの実現までには、まだ長い道のりがある。

アリの生息環境

 アリは極寒の極地と一部の島とう嶼しょを除く、世界のほぼすべての場所に見られる。本書ではアリのさまざまな種の分布を示すにあたって、8つの大きな生物地理区を採用した。まず、新熱帯区は中央・南アメリカとカリブ海諸島を含む区分で、新北区(しんほっく)は北アメリカの大部分を占めている。広大な旧北区(きゅうほっく)はヨーロッパ、ヒマラヤ山脈以北のアジアから日本、サハラ砂漠以北のアフリカで構成される。北半球のアリの分布を示す際に、新北区と旧北区を合わせた全北区という区分を使うこともある。エチオピア区はサハラ砂漠以南のアフリカとアラビア半島の一部、そしてマダガスカル島を含む。東洋区はインド亜大陸と東南アジア、東アジア南部からなり、オーストラリア区にはオーストラリア大陸とニューギニア島、インドネシア東部が含まれる。オセアニア区はミクロネシア、フィジー諸島、ハワイ諸島、ポリネシアで構成される区分だ。最後となる南極区には、アリは分布していない。いずれの地域でも、陸上のほとんどの場所にはアリが生息している。たとえば自然林や半自然林、草原、低木、湿地、砂漠地帯などだ。さらに畑や牧草地などの農地、森林プランテーション、都市空間などの人の手の入った地域でも頻繁に見られる。
 多くのアリはコロニーの生活の場である巣をつくって、女王アリと幼虫のために安全かつ安定した環境を提供するとともに、働きアリが餌を探しにいく拠点を確保する。一方で放浪生活を送るアリもおり、移動しながら餌を集めて巣をつくり、ときには寄り集まって自身の体で野営のシェルターを構成することもある。
 アリの巣は地上巣と樹上巣の2 種類に大別できる。地上に営巣するアリには多くの選択肢がある。自ら土を深く掘り進んでつくった地中巣だったり、落ち葉の中にすんだり、岩や倒木を見つければその下に巣をつくったりとさまざまだ。地上性のアリは、たとえ樹木に直接は生息しない場合でも、植物を巣として利用する。枯れ枝の空洞や、林床に落ちた木の実や種の中、特に朽ちた倒木の内部はうってつけだ。
 樹木の上や内部に巣をつくるアリは、多彩な戦略を開拓している。あるアリは生きた木にトンネルを開けて巣穴にしたり、樹皮の下に通路のネットワークを掘ったりする。また別のアリは、葉を編んで巣を構築したり、拾った植物の素材と、補強のために着生植物(地上ではなく、樹木や岩に根を張る植物)の種を組み合わせた「アント・ガーデン(アリの庭園)」と呼ばれるものをつくったりする。植物の中には、肥大したトゲや枝の空洞部分といった、アリをすまわせるための特殊化した構造をつくる「アリ植物」と呼ばれるものもある。
 アリは特定の場所(地中、落ち葉、林冠)で餌を集め、巣をつくる傾向があるが、必ずしも営巣地と同じ圏内で餌を探すわけではない。樹上性のアリの多くは地上で採餌するし、地上性のアリも、花蜜や昆虫の分泌する甘露などの植物性の餌を求めて木に登ることがある。

著者情報

ヘザー・キャンベル(ヘザー キャンベル)
レディング大学にて生態昆虫学の博士号を取得。ハーパーアダムス大学(英シュロップシャー)昆虫学講師。

著者情報

ベンジャミン・ブランチャード(ベンジャミンブランチャード)
シカゴ大学にて進化生物学の博士号を取得。中国科学院・西双版納熱帯植物園(中国雲南省)博物研究員。

著者情報

丸山宗利(マルヤマムネトシ)
1974年東京都出身。昆虫学者。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。2017年より、九州大学総合研究博物館准教授。