図鑑 中国の書
ISBN:978-4-487-81777-1
定価7,920円(本体7,200円+税10%)
発売年月日:2026年08月28日
ページ数:376
判型:B4変型
書、三千年の神髄をこの一冊で。
300点を超える名筆が鮮やかな図版で蘇る。
書の背景に隠された物語とともに読み解く、決定版ビジュアルクロニクル。
【本書の特長】
・全史を一望:63点の主要作品を軸に、殷代から現代まで中国の書の歴史をたどる
・圧巻のビジュアル:収録作品300点超。折り込みや大判図版が満載の「読む美術館」
・人間ドラマ:作品に秘められた物語や書人の生涯を詳説
・直感的な図解:豊富な部分図や比較図で、技法や表現の特徴がひと目でわかる
・創作への誘い:古典臨書や倣書など、創作のヒントとなる関連作品も多数収録
名品「王羲之一族《万歳通天進帖》」などは、圧巻3mの片観音製本で完全再現!
序文 日本語版刊行にあたって
本書は、中国の書の悠久の歴史を、豊富な図版と詳細な解説によってたどるビジュアル図鑑である。蕭文飛(しょうぶんひ)氏監修・柳灃圃(りゅうほうほ)氏編著『偉大的中国書法:図解300余幅経典作品及其背後的故事』(華中科技大学出版社、2024年刊)の日本語版として、小野寺美華氏・藤田六郎氏が企画編集し、王蕾(おうらい)氏・趙玉萍(ちょうぎょくへい)氏・武瀟瀟(うしょうしょう)氏が翻訳、髙橋佑太氏と筆者が監修にあたった。
蕭氏の序文のとおり、3000年を超える歴史をもつ漢字を基盤とした中国書法は、その広大な時空のなかで、多様で深遠な芸術世界を築き上げた。さらに、諸方面にわたる分野と関係をもち、人々の活動の根幹をなすかのような、中国文化の象徴となるに至った。
ところで、漢字は東アジアの諸地域に伝播(でんぱ)し、各地の言語を表記する文字としても用いられた。元来、固有の文字をもたなかった地域においては、中国や近隣地域との交流のなかで、漢字や文化を受容したのである。朝鮮半島では、すでに5世紀頃には漢字を用いる吏読(りとう)の表記が行われ、15世紀に独自の訓民正音(くんみんせいおん・ハングル)が制定されて以降も、漢字は長きにわたって使用されることとなった。
日本においても1世紀頃には漢字が伝来し、5~6世紀頃には漢字の形と音を用いる仮名が萌芽した。その後、楷書や行書で表す万葉仮名(真仮名(まがな)、男手(おのこで))から草書体による草仮名(そうがな)を経て、9~10世紀頃にはさらに簡略化した平仮名(女手(おんなで))へと発展し、他方、万葉仮名の字画の一部だけで表す片仮名も発生した。漢字と仮名を両輪とする文字体系は現代まで受け継がれ、それを素地とする日本独自の文化が築かれてきた。
漢字の伝播と軌を一にして、中国の書は東アジアの各地に伝わった。それぞれの地域では、時代ごとに変化する多様な中国書法を受容しながら、独自の美意識と文字体系のもとに、異なる魅力をもつ書芸術が発展した。すなわち、中国書法はただ中国のみならず、日本、そして東アジアの書や文化を理解するうえでも欠かせないものと言えるだろう。
東アジア漢字文化圏の諸地域は、文化史的にみると、親子や兄弟のような関係にほかならない。それは文字や書においてもっとも象徴的に表れている。昨今の目紛るしく変化する国際情勢は、地域を越えた人々の交流にも影響を及ぼしかねない事態となっている。本書の刊行が、往時の人々によって紡がれてきた文化の継承と理解、そして今後の文化交流の一助となることを切に願う次第である。
六人部克典
中国書法 ——中華文化の象徴——
漢字の書芸術である中国書法の起源は、3000年以上前にまで遡(さかのぼ)ることができる。その発展過程で、五つの書体と多様な形式が生まれた。書は中国の伝統芸術の中でも、生活と密接に結びつき、裾野が広く、多くの人々から愛され、民族的な特色をもっている。そのため、中国文化の審美的な境地と芸術的精神を深く体現している。2009年9月30日、中国書法はユネスコにより「人類の無形文化遺産の代表一覧表」に登録された。
いかなる芸術よりも深く——
中国の人々と共にある「書法」
中国書法は、漢字の書芸術である。漢字は、殷(いん)代の甲骨文(こうこつぶん)や青銅器の銘文である金文(きんぶん)に初めて見られ、以来3000年以上の歴史をもつ。つまり、漢字を対象とする中国書法の起源も、この時期にまで遡ることができる。
他の民族に見られる書は、装飾的な趣を重視する傾向にある。一方、漢字の書は日常の書写を基礎とし、感情や精神など人の内面を表現することが重んじられ、次第に複雑かつ繊細で、極めて民族的な特色をもつ芸術へと発展していった。漢字の結構(点画の組み立て方)は、中国書法に無限の視覚的変化を生み出している。また、書写用具である毛筆の特性は、点画に多様な変化をもたらしている。こうした複雑で豊かな変化により、中国書法は表面上の形式から深奥な精神の次元へと発展したのである。
当初、漢字の書は伝達や交流など実用的なものであったが、人々が美的表現を自覚するようになり、これを独立した芸術へと昇華させた。このような特性は、多くの文人士大夫(ぶんじんしたいふ)(詩書画などの文化を担った官僚階級の知識人)を惹きつけ、彼らは次第に中国書法という芸術の主体となって、書法の文人化を加速させた。また、文人士大夫の参入により、書法の地位が高まり、中国の伝統芸術における中心的存在となって、絵画などの他の分野にも多大な影響を与えた。
中国書法史では、充実した理論と技法の体系が形成された。口伝や文献上の記録、創作による実践を通じて、絶えず継承・発展したことにより、歴代の書法は独特の風格や特徴をそなえることとなった。すなわち、「晋は韻(風韻)を尚(たっと)び、唐は法(規範、技法)を尚び、宋は意(意趣)を尚び、元・明は態(姿態)を尚ぶ」[梁巘(りょうけん)『評書帖』(ひょうしょじょう)]と評される所以である。そして、王羲之(おうぎし)《蘭亭序》(らんていじょ)、顔真卿(がんしんけい)《祭姪文稿》(さいてつぶんこう)、蘇軾(そしょく)《黄州寒食詩巻》(こうしゅうかんじきしかん)などの著名な書人と作品が書法史上に輩出した。
中国の伝統芸術の中で、書法ほど人々の生活に深く浸透し、密接に結びつき、重要な役割を果たしているものは他にはない。印刷術の発明以前、書簡、公文書、典籍など、情報を記録して伝達する機能はすべて書が担っていた。書体には篆書(てんしょ)・隷書・草書・行書・楷書の五書体があり、形式も豊富で、冊頁(さっけつ)、巻子(かんす)、折帖、扇面、掛軸の条幅・中堂(建物の中心的な広間の正面中央に掛ける大判の書画)・対聯(ついれん)など、多岐にわたる。書の展示空間は、家屋、殿堂、店舗、寺院などの室内から、大自然の名山や大河にまで及ぶ。書の制作空間は、書斎の場合もあれば、舟や車の中、あるいは軍馬の上の場合もある。紙、金属、石、木、織物など、日常生活に見られる多くの素材は、鐫刻(せんこく)や書写を行う書法の媒体となり得る。書はまた、国家の祝典、祭祀などの重大行事だけではなく、庶民一般の慶弔や宗教などの日常活動とも関連し、例えば石碑や青銅器などの銘文、春聯(しゅんれん)や墓誌銘、写経などが挙げられ、それぞれに重要な機能を担っている。
古代中国の知識人にとって、書法は必須の技能であった。唐代の科挙試験には「身、言、書、判」の評価基準があった。このうちの「書」とは書法を指し、その良し悪しが国家官僚の採否をほぼ決定づけていた。書法と文学も密接に関連している。「嚶其鳴矣、求其友声」(小鳥がさえずり、心を通わせる仲間の声を求めている)[『詩経』(しきょう)小雅(しょうが)・鹿鳴之什(ろくめいのじゅう)・伐木(ばつぼく)] というように、中国の文人にとって雅集(詩歌・書画・琴棋などを楽しむ風雅な集い)は日常生活の重要な構成要素となった。東晋の王羲之を筆頭とする「蘭亭雅集」、北宋の蘇軾らが集ったと伝える「西園雅集」などが著名である。書を伴って展開された一連の活動と、それによって醸成された文化的環境は、文人士大夫が世俗社会から離れ、心の自由を追求する精神的な生活様式となった。
書法は、「陰陽五行」「天人合一」「中庸中和」といった中国の哲学思想や、時間・空間に対する独特の観念を表現している。人々はしばしば自然から書法を悟り、書の文字を生命ある形象として捉えてきた。
早くも漢代には、漢字とその書法が、中国文化の影響を強く受けた朝鮮半島や日本に伝播した。この種の交流は、唐代以降さらに頻繁になり、現代においても国際的な書法交流はますます活発になっている。世界各地で、中国の人がいるところには必ず書法がある。中国を訪れる多くの友人たちも、書法を学ぶことを通じて中国をより深く理解し、認識している。現代アートや建築、デザインもまた、書法から価値ある要素を取り入れている。書法は、中国を知り、理解するための重要な手段となっている。
「流れる建築、凍れる音楽」——
筆墨に宿る中国文化の深淵
漢字を基盤とする書法は、3000年の歴史を経て発展し、衰えることなく繁栄してきた。中国文化の象徴であり、世界の芸術史においても稀有な存在となっている。
「大道至簡」(大いなる道は至極簡潔である)[陶埴(とうしょく)『還金述』(かんきんじゅつ)]。中国書法は、簡潔で完備された形態により、広大で深遠な意味が表現される。書の用具用材は極めて単純で、筆・墨・紙さえあれば、一本の線ができる。この単純な一画は、古今を貫き、天地に遊び、人々のあらゆる感情が託されたものである。そして、人々にとって重要な精神生活の場を築き、自然・社会・歴史・民族・哲学・道徳など諸方面に関わる複雑な意味が与えられている。
中国書法は第 一に造形芸術であり、「形」の学問である。そこには、空間の美に対する中国人の独自の知恵と感性が込められている。また、中国書法は二つの形態の完璧な融合を表すものである。書法の秩序ある結構に着目し、静的かつ構築的な美の法則を重視するとき、書は音楽のように「流れる建築」となる。一方、書法の筆勢の変化に着目し、動的かつ旋律的な美の法則を重視するとき、書は建築のように「凍れる音楽」となる。
漢字は初め自然を象(かたど)ってできたため、書法もまた自然より生じたと言うことができる。古人の考えによれば、天地万物は陰陽の二気によって生成され、文字は物象に由来するため、書法の形式もまた陰陽にもとづく。書法における向背、曲直、濃淡、潤渇、疎密などは、いずれも「陰陽」という中国古来の哲学思想を体現している。
当初、人々は自然の中から書法を悟り、天地万物の本質、すなわち生命の特性や精神を引き出した。そして筆画に自然と同じ論理形式をもたせた。最終的に「囊括万殊、裁成一相」(あらゆる違いを包み込み、一つの姿をなすこと)[張懐瓘(ちょうかいかん)『書議』(しょぎ)]により、「同自然之妙有」(自然の玄妙なる形と同じである)[孫過庭(そんかてい)『書譜(しょふ)』]という字姿に至った。人々は書法の美と風格を自然の物象にたとえて説き、点画と自然の形態を対照することで、書の中に自然の美を感じ取ってきた。
やがて、書法に対する主体的な意識が芽生え、強まっていくと、人々は漢字の書を生命ある形態と見なし始めた。そして、書法は生命の健やかな状態を表現すべきであると考え、「書必有神気骨肉血。五者闕一、不為成書也」(書には必ず神・気・骨・肉・血があり、この五つのうち一つでも欠ければ書は成り立たない)[蘇軾『東坡題跋』(とうばだいばつ)巻四・論書] とされた。また、主体意識の芽生えにより、人々は自らの性格や人生の境遇を書に託し、ありのままの感情を表現するようになった。すなわち、「或寄以騁縦横之志、或託以散鬱結之懐」(あるときは書に寄せてあらゆる志を馳せ、あるときは書に託して鬱屈した想いを晴らす)[張懐瓘『書議』]のである。
書法の抒情性は天分より生じ、ありのままの人間性の表れでもある。しかし、表現には節制が必要で、一定の秩序に従うべきである。その基準となるのは、個人の枠を超え、中華民族が長きにわたって形成してきた普遍的な美の理想である。それは中国の哲学や倫理に依拠し、中国文化を背景としている。こうして表された感情こそが、時空を超えた大いなる情と美であり、特定の時代や地域を超えて広く受け入れられる所以なのである。このような意味において、書法はすでに「技進乎道」(技芸は真理に進む)[『荘子』(そうじ)内篇・養生主(ようせいしゅ)、「臣之所好者道也。進乎技矣」]という形而上の精神的な次元へと昇華されている。書法には、書そのものを超えた豊かな意味が込められており、それが書のもつ永久不変の魅力なのである。
中国の伝統芸術の中で、書法ほど作者が高い総合力を要求されるものは他にはない。技術的な要素に加え、個人の品性、経験、そして生命に対する洞察力はもちろんのこと、哲学、美学、文学など、中国文化に関連する高い素養も不可欠である。こうした高みに達するには、自らの生涯を捧げ、「人書俱老」(人と書がともに老成する)[孫過庭『書譜』]という境地に至ることが必要で、これこそが、中国と西洋の芸術における決定的な違いと言える。
「忽然絶叫三五声、満壁縦横千万字」(突然叫び声を上げるや、壁一面に無数の文字を縦横無尽に書き連ねた)[竇冀(とうき)「懐素上人草書歌」(かいそしょうにんそうしょか)]。自然のあらゆる姿、胸中のわだかまり、民族の品格、それらすべてが一本の筆と一滴の墨に託されている。数千年の時を超え、中国文化の血脈はこの筆墨によって絶え間なく受け継がれてきた。中国書法の「一画」は、天地を貫き、古今に遊び、中国の魂が宿る永遠の場所となったのである。
翰墨千秋──書芸術は永遠に
蕭文飛
コンテンツ
殷|甲骨文 王賓中丁・王往逐兕塗朱卜骨刻辞 西周|散氏盤 西周|毛公鼎 …… など
第2章 魏晋南北朝の書 220~589年
三国( 魏 )・鍾繇|宣示表 西晋・(伝 )陸機|平復帖 西晋|郴州晋簡 …… など
第3章 隋・唐の書 581~907年
隋・智永|真草千字文 唐・欧陽詢|夢奠帖 唐・虞世南|汝南公主墓誌銘 …… など
第4章 五代・宋・元の書 907~1368年
五代・楊凝式|韭花帖 北宋・蔡襄|澄心堂紙帖 北宋・蘇軾|黄州寒食詩巻 …… など
第5章 明・清・近現代の書 1368年~
明・祝允明|草書詩帖 明・文徵明|酔翁亭記 明・王寵|游包山集 …… など