古代中国の宗教と倫理
ISBN:978-4-487-81648-4
定価8,800円(本体8,000円+税10%)
発売年月日:2026年08月27日
ページ数:600
判型:46
「孔子以前」の宗教と倫理はいかに展開したか。
夏・殷・周の三代における移り変わりを通して、古代文明を貫く「連続性」のなかに儒家思想の根源を捉え、原始宗教が合理化していく過程をマクロに検証。
人類学や宗教学、考古学、歴史学など各領域の成果を用いる、多角的な学際的手法によって古代思想史に地平を切り拓いた、先駆的名著。
日本語版序
『古代宗教与倫理―儒家思想的根源』は、元来1996 年に出版した学術書だが、1995 年に執筆を終えたもので、それから既に30 年の歳月が経ったことになる。本書の主題は、かつての中国の学術界では「古史」研究の範疇に属するものとして扱われてきたものである。例えば徐旭生『中国古史的伝説時代』や楊寛『古史新探』などがそれに該当する。しかし、本書の主な着眼点の一つは「宗教」であり、それが一般的な古史研究とは異なる点であったし、楊向奎『中国古代社会与古代思想研究』のように、漠然と「古代思想」の名を用いる関連研究とも一線を画す点であった。
本書が対象とするのは、孔子以前の宗教―倫理の文化体系であり、夏・殷・周の三代、さらには夏以前の文化に重点を置いている。この時代は哲学が未だ発生していない状態で、思想も萌芽期であったため、哲学研究の方法を適用することは不可能であった。そこで本書では、文化人類学や宗教人類学の方法を多く採用することになり、巫覡師、占卜、祭祀といった具体的事象に焦点を当てた。この点でも通常の古史研究とは異なるアプローチとなった。また、この時代の文字資料は限られているため、考古学分野での発見や研究成果を補完資料として重視せざるを得なかった。そのため、1960 年代以降に刊行された三種の考古学上での大作『新中国的考古収穫』『新中国的考古発見与研究』『中国大百科全書(考古学)』も本書執筆時の重要な参考書となった。
もちろん、研究の特色としては、西洋の宗教学、人類学、社会学、神話学、文化哲学の研究成果や概念を幅広く参照、援用している。例えばマックス・ミュラー、フレイザー、マリノフスキー、カッシーラー、ウェーバー、エリアーデらの理論を踏まえ、一連の重要な結論を導き出した。これにより、中国哲学の研究者が原始的思惟を重んじるのとは異なり、本書では早期の宗教文化と神話的思考を重視することになった。さらに、章炳麟以降の中国の文学や史学の研究者が字源学的方法で儒家思想の根源を迫ったのとも異なり、本書では字源学的方法が思想史研究の基本方法ではないこと、およびその研究上の限界についても明確に指摘している。
歴史時代の認識に関しては、ヤスパースの「枢軸時代」概念の影響を受け、半世紀以上にわたる歴史学者は多く「枢軸時代」に関心を寄せてきた。これに対し、本書の場合は中国の歴史文化の実態に即し、「前枢軸時代」により焦点を当てている。なぜなら、中国古代文明が発展させた顕著な特徴が文明発展の「連続性」であり、春秋時代の精神的躍動と夏・殷・周三代文化との間には因襲損益の関係が存在し、中国の枢軸時代の変化は決して断絶的な突然変異ではないからである。したがって、中国文化史の研究は枢軸時代に注目するのと同時に、前枢軸時代にも配慮する必要があるのだ。
本書の見解や結論は既に本文に明らかである。故に以上、研究方法について簡潔に述べて、読者の参考に供することにした。最後に、本書の翻訳者の皆様に心から感謝申し上げる。
2025 年8 月 北京にて
陳来
『古代中国の宗教と倫理―儒家思想の根源』 日本語版出版にあたって
本書は陳来著『古代宗教与倫理―儒家思想的根源(増訂本)』(北京大学出版社、2017)の日本語訳である。
著者は1952 年の北京生まれである(籍貫は浙江省温州市)。1976 年8月に中南鉱冶学院(現・中南大学)地質系を卒業すると、同10 月に北京大学哲学系の修士課程に進学、鄧艾民の指導を受ける。1981 年9月には博士課程へと進み、張岱年の下で博士論文『朱熹哲学研究』を執筆、1985 年7 月に博士号を取得し、1985 年から1990 年までは馮友蘭の助手も務めた。他方、修士課程修了後は北京大学哲学系の教員となり、1990 年には教授に昇進、内外多くの要職を務めた。そして、2009 年以降は同じ北京の清華大学へと活躍の場を移している。内外の名門大学に非常勤講師や講座教授、客員教授として招かれており、台湾の中央研究院歴史言語研究所では訪問学者、日本でも東京大学や関西大学に研究員として在籍している。活躍の場は東アジア圏に止まらない。ハーバード大学においても、フェアバンク中国研究センターの研究員や東アジア学科客員教授、ハーバード燕京研究所との共同研究訪問学者になっている。
そうした世界的な経歴を可能にしたのは、著者自身の篤実な研究である。これまで処女作『朱熹哲学研究』(1988)を皮切りに、『朱子書信編年考証』(1989)、『有無之境―王陽明哲学的精神』(1991)、『宋明理学』(1992)、『朱子哲学研究』(2000)、『中国近世思想史研究』(2003)、『詮釈与重建―王船山的哲学精神』(2004)、『宋明儒学論』(2008)、『朱子的哲学世界』(2024)といった宋明理学関連のものを中心として、古代から現代まで幅広く中国思想哲学について論じた成果が公刊されており、既に40 冊以上に及んでいる。
本書の原著はその6 番目の著作に当たる。もとは北京の三聯書店から1996 年3 月に出版されたものであるが、その後、台湾の允晨文化(2005)、三聯書店(2009)からも刊行された。それに訂補を加えて、2017 年に北京大学出版社から出版されたのが本書の原著である。旧版では全八章であったが、新版では第九章として「儒行」の一篇が増補された他、内容は全く同じであるものの、旧版で第八章の最後の一節を「余論」としていたものを、新版では「六 孔子説儒」と題している。
では、本書において著者は何を論じているのか。本書はヤスパースの「枢軸時代」やタルコット・パーソンズの「哲学的ブレイクスルー」などに着想を得て、人類学や宗教学、考古学、歴史学など各領域の成果を用いて、夏、殷、周三代における巫覡文化から祭祀文化、そして礼楽文化への転変、あるいは原始宗教から自然宗教、倫理宗教への移り変わりについて論じている。著者は文化モデルの相違は認めつつも、中国古代文明を「連続性」の中で捉えるのである。その移り変わりこそは、正しくウェーバーが言う「脱呪術化」と「合理化」の過程でもあり、その中で儒家思想が生まれるための条件が次第に整えられていったという。「儒家思想の根源」という副題が添えられている所以である。20 世紀の終わりに、これほど洋の東西を問わず、様々な分野の研究成果を渉猟しつつ、「孔子以前」についてマクロに論じた書物はそれほど多くはない。その意味で、中国古代の宗教と倫理観念について論じた名著であることは疑いようのない事実であり、今後も姉妹篇『古代思想文化的世界―春秋時代的宗教・倫理与社会思想』と共に、長く読み継がれるべき一冊であることは間違いないだろう。
本書は、中国の「2021 年度国家社会科学基金中華学術外訳項目」(21WZXB005)の成果である。詳しい経緯については「訳者あとがき」を参照されたい。原著においても450 頁に及ぶ大著であっただけに、邦訳すると612 頁にも及ぶ巨冊となっている。その膨大な原稿に対して、丁寧に編集作業をご担当いただいた東京書籍の角田晶子氏、また、様々ご助言いただいた藤田六郎氏、王東氏には心より感謝の意を申し上げたい。
本書の出版が、日中両国の学術の進展と相互理解に少しでも寄与することになれば幸甚である。
2025 年5 月20 日
工藤卓司
コンテンツ
『古代中国の宗教と倫理―儒家思想の根源』
日本語版出版にあたって 工藤卓司
翻訳凡例
第 一 章 導 論/ 1
一 枢軸時代と前枢軸時代 / 二 文化様式と精神気質 / 三 宗教の合理化―巫覡文化、祭祀文化と礼楽文化 / 四 大伝統と小伝統 / 五 儒家思想の根源
第 二 章 巫 覡/ 23
一 絶地天通―天地の通路を絶つ / 二 古代の巫 / 三 巫について / 四 巫術とシャーマン / 五 巫祝と巫史
第 三 章 卜 筮/ 83
一 遺物の解釈 / 二 占卜の起源 / 三 巫術と占卜 / 四 卜と筮 / 五 筮法と筮辞 / 六 『周易』の意義
第 四 章 祭 祀/ 133
一 巫術から祭祀へ / 二 神霊と崇拝 / 三 殷商時代の信仰体系 / 四 殷人の祭祀 / 五 殷代の宗教の特徴 / 六 周代の祭法 / 七 周代の祭祀と神鬼観念 / 八 古代宗教の類型 / 九 文化の進化と精神 / 十 自然宗教から倫理宗教へ
第 五 章 天 命/ 223
一 商書における天帝観 / 二 周公早期の天命観 / 三 摂政期の周公の思想 / 四 政権返還以後の周公の思想 / 五 『尚書』における天人合一論 / 六 西周思想の意義 / 七 洪範篇と西周の政治文化 / 八 『詩経』における西周の天命観 / 九 西周後期の前儒家
第 六 章 礼楽/ 321
一 釈礼 / 二 三代礼制の損益 / 三 礼の起源と構造 / 四 『儀礼』と周代の礼俗 / 五 周礼と周代の文化様式 / 六 礼楽文化の人文的機能 / 七 礼と楽 / 八 三代文化の精神気質とその進化
第 七 章 徳行/ 423
一 釈徳 / 二 明徳と敬徳 / 三 孝と三代の徳行 / 四 徳行の社会基盤―周代の生活共同体 / 五 周代の宗法文化
第 八 章 師儒/ 479
一 古代の儒論 / 二 近代人の儒説 / 三 現代の儒の解釈 / 四 西周の師儒と教化 / 五 西周の国子教育 / 六 孔子の儒説
第 九 章 儒行/ 519
一 儒服 / 二 儒行 / 三 儒道
原著段落引用(原文)
参考文献
著者あとがき 陳来
「博雅英華・陳来著作集」あとがき 陳来
訳者あとがき 黄萍