「学習者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教材」,似ているようで全く別のものです。学習者用デジタル教科書は,紙の教科書と同じ内容を画面上で見ることができます。デジタルですから,文字色や地の色の変更,拡大,書体の変更など,子どもの特性に応じた表示ができます。画面の上で線を引いたり,書き込みをしたり,本文を読み上げるといった機能も搭載されています。一方で,学習者用デジタル教材には,教科書内容に関連した動画,アニメーション,シミュレーション教材などが豊富に収録されています。指導者用デジタル教科書は,学習者用デジタル教科書と学習者用デジタル教材の内容を2つ足し合わせたものと言うこともできます(一部,異なる点があります)。
紙の教科書やノートの全てがタブレット端末などのデジタル端末上のアプリに置き換わるのでしょうか。現在,政府では「一人一台」環境の実現に向けてさまざまな施策を講じています。仮に一人一台が実現したとしても,現状では紙は無償ですが,デジタルは教科書・教材とも費用がかかります。視覚上の特性により,デジタル上の表示が優位な子どもにとっては,学習者用デジタル教科書を導入するメリットは大きいでしょう。しかしながら,画面の大きさや画面上の描きやすさ,ノートと教科書の同時使用等を考えると,すべての子どもたちが一斉にデジタルに置き換わるには,技術の進歩や制度づくりなど,もう少し時間がかかりそうです。子どもたちが端末を一人一台,いつでも使えるようになったら,どんな時に使わせますか?まずはデジタルの良さが際立つ場面,つまりデジタル教材から使うことになるでしょう。デジタル教科書を使う際,紙で同じことができるなら紙がいいと考えていたことも,次第に同じことができるならデジタルを活用し,どうしても紙でないと難しいことだけ,紙の教科書を使うようになっていくのかもしれません。ちょうど私たち大人が,普段はデジタルで仕事をし,紙の方が便利なときだけ紙を使うのと似ています。
学習者用デジタル教材に着目して,3つの活用ケースを紹介します。「練習する」「試行錯誤する」「調べる」の3つの使い方を記載しています。授業の流れに位置付けてみると,練習用のドリルは授業の最後の習熟場面や,導入段階で既習事項を確認する際に活用できます。シミュレーション教材や映像は,展開で子どもたちが活動する場面で役立ちます。指導者用デジタル教科書は,意識付けや情報提示のための道具として「みんなで同じものを見る」場面で役立ちますが,「学習者用デジタル教科書・教材」は,「自分あるいはグループごとに違うものを見る・経験する」ために使います。ぜひ,デジタル教科書・教材を皆さんの授業づくりに役立ててみてください。
教科書の練習問題,計算ドリル,漢字ドリル,音読では,繰り返し学習することで確実な知識や技能の習得を目指します。
これらの教材がデジタルになるメリットは,自動で採点してくれたり,紙面では収まらない量の問題に取り組めたり,アニメーションの解説があったり,一人一人のニーズや進度に合った教材を提供したり,学習者が自分で問題を選んだりできることです。手軽に取り組めるドリルが豊富に収録されています。
デジタル教材の特徴の一つである,図形やグラフを自在に動かすことができる点に注目してみましょう。指導者用デジタル教科書でこうした教材をクラス全体に提示する場合と何が違うでしょうか。理科で星の動きや,算数の立体図形の回転など,動かすことのできる教材は教師が操作しても十分にインパクトはありますが,子どもたちが自分で操作することで,思い描いた動きと画面上の動作とがつながります。何度も試行錯誤しながら動作を確かめるシミュレーション型の教材は,学習者が自分で操作することで理解が深まります。ただし,シミュレーション教材は,すべての教科や単元にある訳ではありません。まずはどこに収録されているのか確かめてみましょう。
映像を視聴できるのもデジタル教材の特徴です。指導者用デジタル教科書では,授業の導入やまとめで教師が選んで見せていました。「学習者用デジタル教材」なら,子どもたちが自分で見たい映像を選んだり,止めたいところで止めたり,繰り返し視聴したりすることができます。書写や家庭科など実技に関する映像は,実際に自分でやってみて,わからなくなったときに再度,必要なところを見ることでポイントをつかむことができるでしょう。社会科や理科では多様な映像クリップが収録されています。種類のちがう映像を分担して見て,分かったことを比べたり,つながりを考えることで学習内容全体の理解が深まります。調べる際の資料は映像クリップに限定せずに,教科書や資料集,あるいは図書やWebサイトも組み合わせると,情報の範囲はさらに広がります。多様・大量の情報を整理し,自分の考えをまとめる情報活用能力の育成にもつながります。
稲垣 忠(いながき ただし)
1976年愛知県生まれ。東北学院大学教授。博士(情報学)。著書に「デジタル社会の学びのかたちVer.2(翻訳)」(北大路書房),「探究する学びをデザインする!情報活用型プロジェクト学習ガイドブック」(明治図書),「教育の方法と技術!主体的・対話的で深い学びをつくるインストラクショナルデザイン」(北大路書房)など。
稲垣先生のWebサイト http://www.ina-lab.net/
※執筆者の所属や役職は執筆時のものです