子どもたちがタブレットなどの情報端末を所持し,日々の学習に活用する一人一台環境へ向けた取り組みが進められている。子どもたちが社会で活躍するのは10年後,20年後のことである。社会の情報化・グローバル化はいっそう進展していることだろう。学校教育は10年前,20年前と同じ道具,カリキュラム,授業を続けるだけで,未来を生きる子どもたちを育てられるのだろうか。「一人一台」は,学校教育を現代の情報技術で刷新しようという営みである。
子どもたちがいつでも自分専用のコンピュータを使えるとどんな学びが実現するのだろうか。その原点は20世紀半ば頃にまで遡る。1950年代,一人一人の学びに寄り添う道具として,学習者が自分のペースで学び,即時的なフィードバックを得られる「ティーチングマシン」を提唱したのは,行動主義の心理学者スキナーだった。その後,1980~90年代のCAI(Computer Assisted Instruction)教材の基礎となった。現代では「個別最適化」の手段としてAI(人工知能)による高度化も進むが,個に寄り添う発想は変わらない。
1970年代にアラン・ケイはすべての子どもたちが使えるノートサイズのコンピュータ「Dynabook構想」を提案した。ここでのコンピュータの役割は,学習者の可能性を引き出す道具である。学習者がコンピュータ上で試行錯誤しながら,自らプログラムを生み出していく。2020年4月から小学校ではじまるプログラミング教育はこの流れに位置づけられる。高等学校の情報Ⅰ・Ⅱでは統計解析ツールを用いてビッグデータを分析・シミュレーションする学習も登場するが,いずれも学習者が主体的にコンピュータを活用し,自分の思考を深め,表現する道具として活用する姿がイメージできるだろう。
コンピュータの持つネットワーク機能を子ども同士の学び合いに活かそうとしたのがCSCL(Computer Supported Collaborative Learning)の考え方である。電子掲示板上で学習者らの意見と意見の関係を視覚的に表現することで気づきを促し,新たな知識を創り出す学びを支援する。ネットワークは学校外とつながるツールにもなり得る。90年代後半,インターネットに接続された国内外の学校どうしがつながり,地域や文化的背景の異なる子どもたちが交流する学校間交流学習や,水族館などの社会教育施設と学校をつなぐ遠隔授業などの実践が試みられた。現代では,少子化が進む学校間や院内学級と学校をつなぐ遠隔合同授業や,高校への遠隔教育の導入など,子どもたちが関わり合う道具としてのコンピュータの活用は多様化が進んでいる。
デジタル教科書は,こうしたさまざまな学習活動の出発点となる教材である。学習者用デジタル教科書で文字のサイズ,色調など,一人一人に応じた提示を実現する。個別最適化されたドリルとあわせて基礎的な学力の習得を助ける強力な助っ人になるだろう。学習者用デジタル教材には,シミュレーション型の教材が含まれる。プログラミングやデータ分析に取り組む上で,デジタル教材での体験は試行錯誤のモデルになり得る。クラス内,あるいは遠隔地との交流においても,デジタル教科書の挿絵や動画資料などが共通教材となり,意見や考え方の違いを議論していくベースになる。異なる教科書であれば,その違いや共通点を議論することも期待できる。
一人一人の学びに寄り添う,思考を拡張する,多様な人との関わりあいの3つの活用イメージを示した。多様な活用イメージには,それぞれ背景となる学習理論がある。一人一台環境の出現は,こうした先行研究の知見のすべてを日常の学習に活かすことができるようになったことを意味する。どの活用法をどの程度実施していくべきなのかは,何を教育の目的とするかに依る。育てたい学習者のイメージ,身につけるべき資質・能力を明確にし,実現したい教育課程の共通理解があってはじめて,一人一台は学習の道具として役に立つ。学校教育として変えてはいけない点は何で,変えるべきところはどこなのか。「一人一台」は,学びと学校の役割の本質に投げかけられた大きな問いといえるだろう。
稲垣 忠(いながき ただし)
1976年愛知県生まれ。東北学院大学教授。博士(情報学)。著書に「デジタル社会の学びのかたちVer.2(翻訳)」(北大路書房),「探究する学びをデザインする!情報活用型プロジェクト学習ガイドブック」(明治図書),「教育の方法と技術!主体的・対話的で深い学びをつくるインストラクショナルデザイン」(北大路書房)など。
稲垣先生のWebサイト http://www.ina-lab.net/
※執筆者の所属や役職は執筆時のものです