アズキの起源_オンデマンド版

アズキの起源_オンデマンド版

内藤 健/著

ISBN:978-4-487-81893-8
定価3,520円(本体3,200円+税10%)
発売年月日:2026年03月30日
ページ数:224
判型:四六判

解説:
大陸か、日本か? 赤いアズキはどこで生まれた?

 日本人にとって、アズキは赤飯やあんパンやぜんざいなど、毎日ではなくとも普通に食べる食材だ。だが、少なくとも私はアズキの研究論文を読んだことがなかったし、学会でもアズキの研究発表を聞いたことがなかった。実際のところどれくらい研究されてるんだろうと思って論文検索データベースでアズキを検索したら、ヒットした論文数、91。えっ、少なくない!?と思い、同じマメ科でも最も重要な作物であるダイズの論文を検索してみると、その数1万8千である。さすがダイズさん、油を搾るために世界中で栽培されているだけのことはある。搾りかすは家畜の餌にしてもいいし、醤油の原料として売ることさえできる。アジアで最も重要な作物であるイネの研究論文はそれ以上で、2万2千だった。
--「まえがき」より抜粋

 アズキの名前の由来って、みなさんご存知であろうか。私は子供ながらに、何でダイズは「大豆」という漢字の読み通りの名前なのに、アズキは違うのだろうかと疑問を持っていたことはある。漢字では「小豆」と書いておいて、これを「ショウズ」ではなく「アズキ」と読むなんて無理矢理過ぎはしないか。学校で習った「小」の字の読み方は「ショウ」・「コ」「ちい(さい)」であり、「あ」も「ず」も「き」もなかったぞ。豆だってまめ・トウ・ズ以外の読み方、習ってないし。
 実は、「あずき」というのは「やまとことば」なのである。中国では「小豆」あるいは「赤豆」と書いてシャオトゥと呼ぶ(大豆はタートゥ)のだが、その漢字が伝わってきた後でさえ、日本人はアズキをアズキと呼び続けたわけだ。なので、それだけ重要な食べ物だったのだろうなということは想像できる。
 そしてアズキの語源については、二つの有力な説がある。一つは「あ」は赤を、「ずき」は煮崩れるとか溶けるとかいう意味を表すとする説である。赤くて、かつ他の豆類よりも調理時間が短く済むマメということかも知れない(心の声:しかしアズキの調理に要する時間って……決して短くはないような?……と思ったが、ヤブツルアズキに比べると俄然早く火が通るので、ああ、なるほどという気もする)。もう一つは、「あ」は赤、「ずき」は「つぶき(粒木)」が転じたものとする説である。赤い粒のなる植物、は確かに分かりやすいが、どっちかというと前者の方がより有力視されているようだ。いずれにせよ重要なポイントは、どちらの説もアズキのアは「赤色」のアだとしていることだ。つまり、古の日本人の間にアズキという呼び名が定着した頃には、アズキはすでに赤かったということだ。
--「コラム6」より抜粋

「貴殿のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます」

 あれっ… …くっそー、不採用かよ! 2009年の12月、応募していた京都大学の白眉プロジェクトからの通知である。当時私はアメリカのジョージア大学で修行を積み、イネのゲノム研究で大きな発見をして、研究者にとっては最高峰の一つとされるイギリスの科学誌Natureに論文を出したところだった。この業績を引っ提げ、日本でポジションを得ようと思ってネットを開いたら、ちょうど京都大学の「白眉プロジェクト」なるものがスタートするというニュースが流れていたのである。5年という任期はあるが、毎年何百万円かの研究費が大学から支給され、しかも分野は問わない。採用人数も毎年20人程度という文字通りの大盤振る舞いである。これはすごい。エリート研究者の登竜門でも作るつもりだろうか。とにかく、これこそ私にピッタリの公募だと思い込んだ私は、すぐに応募したのである。白眉の何が私にピッタリって、当時付き合っていた彼女が京都にいたからである。京大にポストが得られれば、2年続いた遠距離恋愛に終止符を打てる! 結婚してもいいよね! ……からの、不採用であった。これだけの業績があってもダメなのか… …と思ったが、後に『バッタを倒しにアフリカへ』の前野ウルド浩太郎くんや『僕には鳥の言葉がわかる』の鈴木俊貴さんなど、錚々たるメンバーが採用されているのを見て、納得はしている。
 とはいえしかし、私もさすがに採用されて当然とまでは考えていなかったわけで、他の公募にも応募していたのである。当時出ていた採用情報の中で、白眉の次に気になったのがつくば市にある農業生物資源研究所(現農研機構)の「アズキの遺伝学研究ができる人、募集」という公募だった。この「アズキ」という言葉が妙に引っかかったのである。日本人にとって、アズキは赤飯やあんパンやぜんざいなど、毎日ではなくとも普通に食べる食材だ。だが、少なくとも私はアズキの研究論文を読んだことがなかったし、学会でもアズキの研究発表を聞いたことがなかった。実際のところどれくらい研究されてるんだろうと思って論文検索データベースでアズキを検索したら、ヒットした論文数、91。えっ、少なくない!?と思い、同じマメ科でも最も重要な作物であるダイズの論文を検索してみると、その数1万8千である。さすがダイズさん、油を搾るために世界中で栽培されているだけのことはある。搾りかすは家畜の餌にしてもいいし、醤油の原料として売ることさえできる。アジアで最も重要な作物であるイネの研究論文はそれ以上で、2万2千だった。おお、これは、と思った私。これはプランBとしてありじゃないか? ダイズ研究の二番煎じみたいなことをやっても論文は書けるだろ、と。
 研究者にとって論文を書けるかどうかという問題は何よりも大事なことである。論文の書き方についての有名な教則本では、1ページめの初っ端に「研究者にとって論文が書けるかどうかは生死に関わる問題ではない―それ以上に深刻な問題です。研究者は論文によって評価され、知られるようになる(あるいは知られないままになる)。……」なんて書かれているくらいだ。研究ではインパクトやオリジナリティも大切だが、コンスタントに論文を書けるというそのこと自体が、研究者のキャリアには欠かせない。アズキは、それなりに重要な作物である割にそれを研究対象にしている人が少なく、しかも超重要作物であるダイズと近縁である。参考にできる研究事例が山程あるということではないか。つくばだとまだしばらく彼女との遠距離が続くことになるが、まあアメリカと京都との距離に比べれば大したことはない。その間に論文を量産して、次のポストを関西で得ればいいではないか。
 そんな気持ちで出した応募だったが、こちらではアメリカでの業績がモノを言ってくれたのか、すぐに採用の通知が来た。その後、京大からお祈りメールを頂戴したので、私の行き先は決まった。アメリカのボスには引き止められたが、普段はこちらの都合などお構いなしにガンガン攻めてくるボスも、「嫁さんが待ってる」の一言で割とあっさり諦めてくれた。実際には嫁さんから400kmほどズレた場所に異動するのだが、まあアメリカ人から見れば京都もつくばも同じ島の上ってことになるんだろう。何にせよ、私はアズキを踏み台にして、5年以内に業績を稼いで関西にポストを得るのだ。そして未来の嫁さんと暮らすのだ。
 ……という私の人生プランは、新しい職場での赴任初日に崩壊することになった。来年の話をすれば鬼が笑うなんてよく言ったものだが、マジで、思い描いた将来なんて全然来ないものである。この農業生物資源研究所という場所で、私は理想の相手に出会ってしまったのだ。といっても、理想の女性ではなく、理想の研究対象の話な。そう、それがアズキ… …ではなく、アズキの仲間であった。直属の上司となった友岡憲彦博士が、まずは職場を案内しましょうということで、私を温室に連れて行ったのである。中に植えられた植物を示しながら、彼はこう言った。「ここに並んでいる植物は、全て同じ種です」と。えっ―と、私はしばらく言葉を失った。同じ種だと言われたその植物たちは、それぞれ見た目が全然違ったからである。葉っぱの形ひとつ取っても、植物らしい丸い葉っぱから、針のように細いものまである。枝分かれの多いものや少ないもの、茎の伸び方も蔓のように巻き付くタイプもあれば、イチゴのランナーのように地面を這うものもある。それまで異なる品種でも姿形は似たようなものばかりのイネを扱っていた私にとって、その多様性は衝撃以外の何物でもなかった。

 私 「こういう形の違いって、それぞれ生えてる場所で何らかの自然選択を受けた結果ってことですよね?」
 友 「そう思います」
 私 「すごい… …種が同じってことは、ほとんどの遺伝子はお互いに大体同じで、でも葉っぱの形を決める遺伝子とか、茎が巻き付くかどうかを決める遺伝子とかは変わっているはずで」
 友 「そう思っています。ちなみにこっちに植えている種は砂浜に生えいて、塩害に強いです」
 私 「えっ」
 友 「こっちのは石灰岩に生えます」
 私 「ええっ」
 友 「これはイモを作ります」
 私 「……(絶句)……全部アズキの仲間ですか」
 友 「全部アズキの仲間です」
 私 「こんなの、ゲノムを読むしかないじゃないですか!」

 ゲノムとは、端的に言えば生き物の設計図である。DNAとか遺伝子とかいうキーワードを連想される方が多いと思うが、「遺伝子(gene)」という言葉に「全体(-ome)」という言葉がくっついて出来た言葉が「ゲノム(genome)」なのである。遺伝子とは生き物の体を作る部品や工具の設計図で、それを全部集めたものがゲノム、そしてその設計図はDNAという文字で書かれている、というイメージを持って頂けたらよいだろうか。何にせよ、生き物の姿形や適応能力の違いは設計図の書き換え(突然変異とかね)によって生じるのであり、逆にいえばゲノムを解読することで、どうやって生き物の進化が起きたのかを知ることができる。アズキの仲間のゲノムを読んで、その多様性を生み出した設計図の違いを明らかにする。何て夢のあるテーマだろうか……そんな私の言葉を聞いて、友岡さんは言った。

 友 「そう言ってくれる人を、待っていました」

 私は「これは運命かも」と思いがちな性格ではあるが、この時ほど運命を感じた瞬間はない。イネのゲノム研究で経験を積んだことも、京大の白眉を落とされたことも、全てがこのアズキの「仲間」―アズキと近縁だがアズキではない、野生に生きる植物たち―に出会うためだったのではないかと信じそうになったくらいだ(信じてはいない)。アズキの仲間といっても所詮は雑草なので、雑草のゲノム解読をいきなりやろうとしても研究予算が下りないだろう。だからまずアズキの研究で成果を挙げて、その実績をもとにアズキの仲間に取りかかろう。このとき、私の気持ちは「アズキを踏み台にして関西に帰りたい」から「アズキを踏み台にしてアズキの仲間の研究をしたい」に変わってしまったのだ。結局のところ、アズキが踏み台なのは変わらないのだが。その夜、私は彼女に電話をして、関西には帰れない。とんでもなく面白い研究テーマに出会ってしまったから、と言ったのだった。なお、彼女からの返答は「分かった。でも今度は私がアメリカに行くわ」であった。えっ、まさかの行き違い!? ……その後、嫁さんと入籍はしたがずっと別居である。いやはや、思い描いた将来はなかなか来ないものである。
 それにしても未だに解せないのは、私が応募したときの募集要項には、多様で魅力的な野生のアズキが沢山あるなんて、一言も書いてなかったことである。友岡博士は30年に渡って世界中からアズキとアズキの仲間を集めまくっていた筋金入りのアズキコレクターで、その収集点数は実に1万点にものぼる。にもかかわらず、どうして募集要項には「アズキの遺伝学研究」としか書かれていなかったのか… …まあそのお陰で、私にとってもの凄くドラマチックな瞬間となったわけだけど。ちなみに友岡さんは、このときに私と交わした会話のことは全く憶えていないらしい。うそでしょー。
 それから15年。順調にアズキの研究からアズキの仲間の研究にステップアップしていた私だったが、ひょんなことからまたアズキの研究もやって欲しいと言われ、ほなまあ手が空いてるときにやってみましょか、みたいなノリで引き受けた話が、えらいことになった。踏み台だったはずのアズキの研究が、私にとってキャリア最大の成果になってしまった。その成果とは、「アズキが縄文時代の日本で生まれた作物であることの証明」である。こんなことになるとは想像もしていなかった……。人生とは本当に分からないものである。そもそも、日本で栽培されている作物は、そのほとんどが稲作と同様に弥生時代以降に中国や朝鮮半島をはじめ世界各地から伝来したものである。日本独自の作物なんて、ワサビ、クリ、それから……ヒエ?くらいのもので、どれも利用されるのはほとんど日本国内のみである。まさか、日本から始まって大陸へと広がった作物があったなんて。しかもそれが、たまたま私が扱うことになったアズキだったなんて。そんなことある?
 というわけで壮大なネタバレをしてしまったが、本書は「アズキが生まれたのは縄文時代の日本である」ことを一般のみなさま方に広くお示しするために書いた本である。編集さんの願いもあってあれこれ脱線もしているが、基本的にこのキラーメッセージが届きさえすれば本書の目的は達成されたことになる。よって、もしご多忙で10万字も読んでいる暇なんてないという方がおられたら、ここで本を閉じて頂いても構わない。ただし、これから出会う人100人くらいには、「アズキって日本生まれの作物らしいよ。詳しくは内藤健とかいうスター研究者の『アズキ本』に書いてあるから」とお伝えして頂きたい。購入して配ってもらえればなおよろしい。
 しかし、多くの賢明なる読者諸氏は、きっとそんな結論を聞いただけで満足されないだろう。「そんなこと言われたって信じられるか。エビデンスを出せ、エビデンスを!」と言われることは間違いあるまい。そもそも、それを知りたくてわざわざ購入して頂いたのであろうし。そのような皆様の知的好奇心を満足させるべく、本書の構成は以下のようになっている。

 第1章: 内藤がアズキの魅力に取りつかれるまでの前日譚と、 アズキも含めた作物とその祖先種との違いについての解説
 第2章: 遺伝の法則とそれを使った研究手法やゲノム (=遺伝子探しに欠かせない宝の地図)の解説、 そしてアズキゲノムプロジェクトの顛末
 第3章: アズキの起源を巡る考古学的な知見の紹介、あと内藤家とアズキの因縁
 第4章: ゲノム解析によって明らかになったアズキの起源地
 第5章: ゲノム解析によって明らかになった、 ヤブツルアズキからアズキへの変化のプロセス
 第6章: アズキが日本起源であるという論文が世に出るまで

 正直に言って、第4章からはゲノムデータを使った統計的な解析手法に基づく内容ばかりなので、そのまま出しても100人中99・98人くらいは理解できないと思われる。これを、本書の編集担当さんのような「物・化・生・地の知識をどこかに置いてきてしまった人」にも理解してもらえるようにうまいこと説明できるかどうか。ここが本書における私の「腕の見せどころ」である。だから頑張りました。頑張ったというだけでも褒めてほしいところではあるが、実際に読んでみて分かりやすかったかどうかを確認してから褒めて頂ければじゅうぶん満足である。

本書「まえがき」より

著者情報

内藤健(ないとうけん)
1978年滋賀県生まれ。農研機構遺伝資源研究センター上級研究員。京都大学大学院農学研究科修了、博士(農学)。波打ち際や石灰岩の上など、すごい場所に生えている野生アズキ類の虜になる。主な研究テーマは食糧問題解決へのヒントを探るべく、海辺に生える野生アズキ類の耐塩性。近年、東京大学大学院新領域創成科学研究科客員准教授として学生への指導にも力を入れている。共著に『ゲノムでたどる古代の日本列島』(東京書籍)、『植物の超階層生物学』(文一総合出版)などがある。

コンテンツ

第1章 アズキ研究前夜
第2章 地図を作れ アズキゲノムという名の地図を
第3章 アズキの歴史と我が家の歴史
第4章 アズキの起源は日本以外ない
第5章 遺伝学と考古学が完全に一致
第6章 中国起源説を覆せ