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サステナビリティ_オンデマンド版

サステナビリティ_オンデマンド版
SDGs以後の最重要生存戦略

水上武彦/著

ISBN:978-4-487-81713-9
定価3,410円(本体3,100円+税10%)
発売年月日:2023年08月18日
ページ数:352
判型:四六判

解説:
一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)客員教授
名和高司氏、推薦!
“サステナビリティを飾りではなく実践する上での手引書”

“「企業価値を向上させる」ために、サステナビリティに取り組むのではない。企業は、「目指すべき世界を実現する」ために、サステナビリティに取り組む必要があるのだ。”
――水上武彦(本書「序章」より)

国連SDGsの採択、また世界的な脱炭素(カーボンニュートラル)の動きは、企業の経営環境にもドラスティックな影響を与えた。地球環境、人間社会、そして企業がこれからも生き残るための最重要戦略、それが「サステナビリティ」だ。
では、CSV、ESGを包含する「サステナビリティ」を、企業が経営に本質的に実装するためには、どうすればよいのか? 何が必要なのか?
サステナビリティ・コンサルティングの第一人者、水上武彦が、その基本となる理論と概念枠組みから説き起こし、先進的実践事例の紹介や多数の図版で具体的に解説。
ネスレ日本、WWFジャパンへのインタビューも収録。
サステナブルな企業活動によって営利を創造したい経営者、SDGs、CSV経営、ESG経営がいまひとつ腹落ちしていないすべてのビジネスパーソンへ。著者が満を持しておくる必読の入門書。

序章|SDGsが本質的に目指しているもの

SDGsが目指す世界

 SDGs、ESG、サステナビリティといった言葉をメディアで頻繁に見かけるようになった。多くの人は、これらは同じようなもので、政府やNGOだけでなく、企業が、気候変動や海洋プラスチックなどの環境問題、貧困や格差、差別などの社会問題に対応する必要がある時代になったといった認識だろうか。こうした類似の言葉の違いは、専門家以外は、特に意識する必要がないと思う。大事なのは、世界が何を目指しているか、その共通認識を持つことだ。
 気候変動について言えば、環境活動家などは、「家が燃えているような」危機意識を持って、脱炭素を進めろと主張する(グレタ・トゥーンベリ(*1))。一方で、経済活動を担っている人たちは、脱炭素は、経済活動を停滞させることなく、成長を持続させながら行わなければならないと主張する。一見、かみ合っていないように見えるが、目指す姿は、気候変動問題の解決と経済を両立させることで、一致している。そこに向けた危機意識、スピード感に違いがあるだけだ。
 目指すは、環境問題、さらには社会問題の解決と経済を両立させる世界だとして、具体的には、どのようなものか、SDGsを例にとってみてみよう。SDGsは、17ゴール、169ターゲットで構成されるが、数が多すぎて全体像をとらえにくい。SDGsの前文に掲げられている5P(People, Planet, Prosperity, Peace, Partnership)で全体像を理解するほうが良いだろう(図1)。
 People(誰もが人間らしく生きる)、 Planet(地球環境を持続させる)、Prosperity(皆が豊かさを享受できる)、Peace(平和な世界を実現する)、Partnership(これら4Pをパートナーシップで実現する)。これをベースに考えると、環境・社会問題と経済を両立させる、「目指すべきサステナブルな世界」とは、以下のようなものだ。

・誰一人取り残されない世界。すべての人が、貧困、飢餓から解放され、尊厳と平等の下に、持てる潜在能力を発揮できる世界
・地球が現在および将来世代の需要を支えられるように維持される世界。気候変動問題が解決され、自然資本が維持される世界
・人々が恐怖や暴力から解放された、平和で公正な世界

 簡潔にすると、「すべての人々が平和と一定の豊かさのもと、潜在能力を発揮でき、地球への負荷が再生可能な範囲に収まっている世界」といった感じだ。下の図2のように、一定の豊かさを満たしつつ(基本的なニーズが満たされない内側の円を超え)、環境の上限(外側の円)を超えない範囲内で生活していこうという、ドーナツ経済のようなイメージだ。このイメージをすべての人々が共有する必要がある。重要なポイントは、「誰か(特に弱い立場にいる人たち)を犠牲にすることはできない」、「地球環境の持続可能性と一定の豊かさを両立させる」ということだ。
 「誰かを犠牲にすることはできない」という点について、これまでの経済は、安価な労働力、資源を求めて発展しており、その過程において弱い立場にいる人たちを犠牲にしている面がある。しかし、これからは、グローバルに広がるサプライチェーンにおいて、コスト削減のために、途上国の人々の人権を無視して、低賃金で過酷な労働環境で働かせることは、許されない。また、先進国が経済的な豊かさと比較的低い環境負荷を享受する一方、その豊かな生活実現のために、資源採掘、製品生産、ごみ処理など、経済発展に伴い生じる環境負荷が発生する部分を途上国に押し付けているという「オランダの誤謬*2」のようなことは許されない。
 「地球環境の持続可能性と一定の豊かさを両立させる」という点について、脱資本主義のような議論もある。しかし、今後100億人に達しようとする世界の人々に一定の豊かさを提供できるシステムは、今のところ、資本主義以外には考えにくい。脱資本主義的な新しいシステムの模索は、ローカルレベルでは試みていく必要があるが、グローバルレベルでは、資本主義をベースに、地球環境を持続可能なものとし、世界の人々が一定の豊かさを享受できる世界を目指すことになる。
 環境問題の解決のために、一般市民の生活レベルを犠牲にすることは、政治的にも難しい。フランスで、以前、パリ協定の議長国として、温暖化対策をリードしたいと考えたマクロン政権が、炭素税の一種である燃料税を引き上げようとしたことをきっかけに政権への反発が広がり、黄色いベスト運動と呼ばれる反政府の抗議活動がフランス全土に広まった。環境対策が現実の政策、人々の生活に関わる問題となったとき、人々がそれを受け入れるのは容易ではない。生活に苦しむ人々にとっては、「地球環境は心配だが、今はそれどころではない」となる。
 このSDGsが本質的に目指す世界、すなわち、「誰一人取り残さず、地球環境の持続可能性と一定の豊かさを両立させる世界」を広く共有した上で、その実現を急がなければならない。SDGsの期限は2030年に設定されている。まずはそこを目指して、各ターゲット実現に向けた取り組みを促進する必要がある。2030年以降も、目指す世界に向けた旅は続くだろうが、特に緊急性のあるのが気候変動に対する取り組みだ。2050年までにカーボンニュートラル (*3)を実現することが共通目標となっているが、今後二十数年で、大きな経済システムの変革を実現しなければならない。

図1

図2

サステナビリティにNOはない

 SDGsが本質的に目指す世界を実現するには、政府の取り組みが重要だが、経済活動の主体であり、環境・社会問題の直接的原因となっている企業の行動変革も欠かせない。
 昨今は、「サステナビリティ/ESG(環境・社会・企業統治)の取り組みを通じて企業価値を向上させる」論調がある。もちろん、それは実現すべきものだが、本質的には、「企業価値を向上させる」ために、サステナビリティに取り組むのではない。企業は、「目指す世界を実現する」ために、サステナビリティに取り組む必要があるのだ。
 これまでのパラダイムでは、企業は、利益、企業価値を追求するものと捉えられてきた。新自由主義の考え方が広がってからは、特に企業が利益を追求する姿勢が強まっている。新自由主義の理論的支柱であった経済学者のミルトン・フリードマンは、「企業経営者の使命は株主利益の最大化であり、それ以外の社会的責任を引き受ける傾向が強まることほど、自由社会にとって危険なことはない(*4)」と言い切っている。
 なぜ企業は利益を追求しているのか? あるいは、なぜ企業が利益を追求しなければならないシステムになっているのか? それは、企業が利益を追求することで、市場メカニズムが効率的に機能し、より豊かな社会が創られるという信念に基づいており、そのことが人々を幸せにすると信じられてきたからだ。確かに、新自由主義の考えのもと、企業が利益を追求することで、世界全体の富は増え、取り残されている人はいるものの、多くの人は豊かになってきたという側面はある。ドーナツ経済の内側の円を超える方向に発展してきたといえる。
 しかし時代は変わった。ドーナツ経済の外側の円を超えないようにすることの必要性が明らかになってきた。また、ドーナツの内側の円が均等に発展しなければ、すべての人に幸せをもたらすことができないことも明らかとなってきた。世界の目標が「富の創造、豊かになること」から、これまで述べてきた、環境や経済のバランスにも配慮した「目指す世界を実現する」ことになった。
 そのため、企業活動の目的も「利益を追求する」ことから、「社会に価値を生み出すこと=目指す世界の実現に貢献すること」になりつつある。そうしたパラダイムシフトが進みつつある。「企業が利益を追求する」パラダイムにおいては、「利益につながるか?」、「企業価値を向上させるか?」が経営の判断軸だった。そのため、サステナビリティについても、「サステナビリティは儲かるのか?」、「サステナビリティは企業価値を向上させるのか?」という問いがなされてきた。
 新しいパラダイムでは、企業活動の目的は「目指す世界の実現に貢献すること」で、それは企業が取り組むべきサステナビリティそのものである。この新しいパラダイムでは、「サステナビリティは、取り組まなければならない」もので、「取り組むのが当たり前」のものだ。問うべきは、「サステナビリティは儲かるのか?」ではない。これが、既存の制度、市場を前提にしていてNOだと、サステナビリティに取り組まない、最小限必要なことだけ取り組むとなってしまう。必要な問いは、現在の資本主義の枠組みの中では、企業は儲けることが求められるという現実も踏まえ、「SDGs/サステナビリティを儲かるようにするには、どうすれば良いか?」だ。そこにNOという答えはない。
 本書は、主に企業向けの内容となっている。「目指す世界の実現」に向けた経済システムの変革に向けては、経済システムの中心的な役割を担う企業の行動が変わることが必要だ。しかし、企業が、SDGsが本質的に目指す世界を理解し、自らそこに向かっていければ良いが、企業は、顧客、株主・投資家、従業員など、多くのステークホルダーの期待に応える必要があり、顧客ニーズに対応し、利益を上げ、従業員に報酬を提供しなければならない。そのため、現在の企業活動を大きく変えるのは、容易ではない。企業の行動を変えるには、ルールを作る政府、その政府に影響力を持つ市民、商品・サービスの市場を創る消費者、資本市場を形成する投資家などが、企業活動を「目指す世界の実現」へと近づく方向に持っていくようにする必要がある。

一人ひとりが持つ選択肢

 私たちは、一人ひとり、市民、消費者、投資家、そして生産者の顔を持っている。一人ひとりが「目指す世界の実現」に向けて、影響を及ぼせる選択肢はたくさんある。
 市民としては、NPOを立ち上げる、ボランティアとしてNPO活動に参加するなどの市民活動において、「目指す世界の実現」に向けて活動することができるし、投票を通じて、政策に影響を及ぼすこともできる。市民活動は、金銭面での制約が少ないため、比較的自由に、自らの意思を反映する活動を行うことができる。
 消費者としては、商品・サービスを選択的に購入することで影響力を及ぼすことができる。いわゆるエシカルな、つまり、社会課題解決に貢献する商品・サービスを意識的に選択し、購入することは、「目指す世界の実現」に貢献する。さらにそれをSNSなどで広げる、店舗にエシカルな商品の販売をリクエストすることなどで、より広く貢献することができる。SDGs/サステナビリティを真摯に推進している企業の商品・サービスを優先的に購入することもできる。
 投資家としては、サステナビリティを戦略的に行っている企業に投資することができる。個別企業に投資することもできるし、サステナビリティの観点で優れた投資商品を購入することで、影響力を及ぼすこともできる。
 生産者としては、仕事を通じて影響を及ぼすことができる。ビジネスパーソンとしては、「目指す世界の実現」に向けて、SDGsの特定のゴールやターゲットに貢献する企業を自ら起こすこともできるし、この本で述べるようなCSV(P.24参照)やサステナビリティ経営の推進を社内で働きかけることもできる。生産者には、公共的価値を生産する人という意味で、政治家や国家・地方公務員も含めて考えているが、政治家や国家・地方公務員は、「目指す世界の実現」に向けた政策を立案し、実現するよう働きかけることができる。
 私たち一人ひとりは、多面的な顔を持っているが、これまでの経済的豊かさを主目的として追求する世界では、経済合理性を求めるよう促されてきた。例えば、消費者としては、価格を重視して、安く良い品を求めるのが当たり前だった。最近は、「エシカルな商品」を求める消費者も増えてきてはいるが、まだ「意識が高い」消費者に限定されている。しかし、繰り返しになるが、パラダイムは変化している。この変化を促進する緊急性・必要性に気づいた人から、自らの影響力を活用して欲しい。そうした影響力が積み重なることで、政府がサステナビリティ実現のために必要なルール作りを進め、サステナビリティに貢献する商品・サービスの市場が生まれ、企業がサステナビリティ経営を推進するようになる。
 そうした流れをつくっていくことが必要だが、既存の富を追求するパラダイムの慣性が強い状況では、政府は経済成長を追求し、消費者は安くて良い品を求め、投資家はリターンを重視し、企業が「儲け」と「企業価値」を経営の判断軸とする状況は、すぐには変わらないだろう。
 そこで、「SDGs/サステナビリティを儲かるようにするには、どうすれば良いか?」という問いが重要になる。本書では、企業を主な対象として、この問いへの答えを示してみたい。
 なお、第1章では、SDGs/サステナビリティを儲かるようにするためのコンセプト、フレームワーク、第2章では、経営レベルでSDGs/サステナビリティ経営を進めていくための方法論、第3章では、SDGsの各目標を対象に、具体的な取り組みを紹介する。第4章では、ポストSDGsも見据えた、「目指すべきサステナブルな世界」に向け、さらに考えるべきことについて論じる。


*1 『グレタ たったひとりのストライキ』、マレーナ&ベアタ・エルンマン、グレタ&スヴァンテ・トゥーンベリ、海と月社、2019年
*2 「オランダでは経済的に豊かな生活を享受しているが、一方で大気汚染や水質汚染の程度は比較的低い。しかし、その豊かな生活は、資源採掘、製品生産、ごみ処理など、経済発展に伴い生じる環境負荷が発生する部分を途上国に押し付けているからこそ実現している。この国際的な環境負荷の転嫁を無視して、先進国が経済成長と技術開発によって環境問題を解決したと思い込んでしまうことを「オランダの誤謬」という」、『人新世の「資本論」』、斎藤幸平、集英社新書、2020年
*3 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること
*4 『資本主義と自由』、ミルトン・フリードマン、日経BP社、2008年

著者情報

水上武彦(みずかみたけひこ)
シェアードバリュー・コンサルティング合同会社代表、一般社団法人CSV開発機構副理事長。
富山県氷見市出身。東京工業大学・大学院、ハーバード大学ケネディースクール修了。
運輸省(現国土交通省)で、日米航空交渉、航空規制緩和などの主要航空政策を担当した後、アーサー・D・リトルで、製造業のイノベーション戦略などを推進。2009年以降は、クレアン、PwCおよび現職にて、サステナビリティ・コンサルティングに従事。社会価値と企業価値を両立するCSVを軸に、サステナビリティ経営全般について、幅広い経験・知見を有する。
著書には、『CSV経営 社会的課題の解決と事業を両立する』(共著、NTT出版、2013年)などがある。ブログ「水上武彦のサステナビリティ経営論」ほか、サステナビリティに関する論考多数。