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超約ヨーロッパの歴史

超約ヨーロッパの歴史

ジョン・ハースト/著 福井憲彦/日本語版監修 倉嶋雅人/訳

ISBN:978-4-487-81199-1
本体価格1,800円
発売年月日:2019年04月22日
ページ数:
判型:四六

解説:
世界的ベストセラーの日本語版がついに刊行!
ギリシャ・ローマ、中世、近代から現代まで、2000年以上におよぶ「ヨーロッパ」の歴史を、大胆に要約(=超約)して、描ききった力作。
大学での講義録がベースとなっているため、学生向けに平易に書かれており、入門書としても優れている。
「ギリシャ・ローマ文化」「キリスト教」「ゲルマン戦士」という3つの要素に還元し、現在につながる流れを構造的に理解。

大人の必修科目「ヨーロッパの歴史」がこの一冊でわかる!

日本語版序文

大胆にして、なんだか面白いぞ、と興味を引き出してくれるような歴史の語りを聴講できたオーストラリアの学生たちは、幸せ者というべきだろう。
本書(原題 The Shortest History of Europe)の元をなしたのは、著者ジョン・ハーストが約40年にわたって教鞭をとったラ・トローブ大学での講義だという。
それを土台とした一般読者向けの書き下ろし、長いヨーロッパ文明史の特徴を1冊の短編で語ってしまおうというのが、本書である。
正直、面白い。
著者の捉え方の基本は、リベラルな歴史家が取るオーソドックスな枠組みからは外れず、議論すべきところはもちろん指摘できるだろう。
しかし著者は、そんなことは承知で、敢えて大胆に書き下ろしているのだ。

ハースト先生は、専門性をおさえた上で初心者にも取りつきやすい「面白く読める」本を書くことに、大いなる才能を示した歴史家であるようだ。
2016年に、73歳で逝去されているのが残念である。
本書の冒頭2章の締めくくりにも登場する「なぜアボリジニは農民とはならなかったのか」についてであるとか、あるいは「流刑植民地であったオーストラリアは、どのようにして平和裡にデモクラシーへと移行できたのか」といったような率直な問いを立てて、一般読者が読める歴史書を書いてきた、オーストラリアを代表する歴史家の一人であったという。

本書は、ただ記述が巧みだとか、身近な関心をくすぐるような記述が興味をそそるというだけではなく、読者にもう一歩進んで考えることを促すという点でも、その大胆な構成と記述が、ウームと唸らせるような本である。
執筆の動機は、といえば、最近の学生たちはオーストラリアという自国の起源にも関わっていたイギリスや、そのイギリスが位置していたヨーロッパ世界の歴史について、あまりに知らなすぎるのではないか、という著者の実感(危機感?)にあったらしい。
日本の場合と照らして、何処も同様か、という思いを持つのは私一人ではあるまい。
しかし、よしそれでは、と言って、こうした大胆な、小さな一冊で、基本的な知識と論点とを読ませてしまう本が書けるかといえば、それは簡単ではない。

しばらく前からの歴史記述の傾向には、大別して2種類あるように思われる。
一方に、格好良く言えば「襞に分け入る」がごとくに細部にこだわって過去を記述してみようとする傾向がある。
他方には、その対極として歴史の展開を大局的に記述して、たとえば病気であるとか環境とか、食糧事情であるとか、戦争であるとか、国や地域を限定せずに、グローバルに論じる傾向である。
どちらが優れているというわけではない。
記述の狙いが別々だということで、どちらもありうるのだ。

いうまでもなく本書は後者である。
古代ギリシャ・ローマの世界から現代のEUに至るまでの長期的なスパンを念頭に、ヨーロッパ文明の特徴とはなんであったのか、またその地域世界は、どのような可能性や問題点を人類社会に投げかけてきたのか、と問う本書には、読者に知識を与えると同時に、考えさせる記述が満ちている。
EUが大きな曲がり角に直面して苦悩している今だからこそ、そしてまたヨーロッパだけでなく世界全体が、大きな文明史的曲がり角に直面しているかもしれないからこそ、日本でもこの本は読まれるに値する。

日本語版監修 福井憲彦

はじめに

もしも読者であるあなたが、本書を読み飛ばして結末を先に読みたいと思ったら、きっと驚かれるに違いない。
本書の結末はただちに、冒頭部分へと戻るからだ。
本書はヨーロッパの歴史を違った視点から六度論じている。

本書の内容は、大学の学生向けにヨーロッパの歴史を紹介した講義録が元になっている。
私は、歴史をそのスタート地点から語り始め、ゴールに向かって進めるという書き方をしていない。
私は学生たちにまずひとつの概要を提示し、それから元に戻って細部を語るという方法を取った。
最初の2つの講義はヨーロッパの歴史の全体像を概説したものである。
これが字義通りの最も短い歴史である。
次の6つの講義は個々のテーマについて論じたものである。
その目的は「もっとも短い歴史」に立ち返って理解をより深め、より深い部分にわたって検証することにある。
物語には、始まり・中間部・結末がある。その観点からすると、文明には筋書きがない。
文明には必ず興隆と衰亡があると考えるとしたら、あまりにも物語にとらわれていることになる(もっとも文明は常になにがしかの結末をもつものだが)。
私の目的はヨーロッパ文明の必須要素を捉えることであり、時の流れの中でヨーロッパの人々がいかに「再構成」し続けてきたかを知ることにある。
つまり、古いものがいかに新しい姿を取るようになったか……、換言すれば、いかに古いものがしつこく生き延び、戻ってきたかを知ることでもある。
さまざまな出来事や人々を扱う歴史書が巷には溢れている。
それが歴史のもつひとつの力であり、人生によく似ているとも言われる。
しかしそれがなんだと言うのだろう。
本当に重要なものとは何だろうか。
それが常に私の脳裏に去来する疑問だった。
他の歴史書は多くの出来事や人々を取り上げているが、それらはほとんど本書では語られない。

ギリシャ・ローマの古典時代以後、本書が扱うのは主に西ヨーロッパの歴史である。
ヨーロッパ文明を形成する上で、すべての部分が均質に重要であるとはいえない。
イタリアのルネサンス、ドイツの宗教改革、イギリスの議会政治、フランスの革命的民主主義……、これらはポーランド分割よりはるかに重要な意義をもつ。

私は主に歴史社会学者、ことにマイケル・マンとパトリシア・クローンの著作に多くを負っている。
クローン教授はヨーロッパ史の専門家ではない。
彼女の専門はイスラム文化である。
彼女のさほど厚くない著書『産業化前の社会』の中に、「ヨーロッパの奇妙さ」という章がある。
それはわずか30ページで全歴史を語る、まさしく偉業である。
これは私の「最も短い歴史」とほぼ同じページ数である。
この章の内容は、ヨーロッパという混合物の製造と再製造という概念を私にもたらし、それが本書の最初の2章となった。
クローン女史は私にかくも多大なる恩恵をもたらしてくれたのである。

オーストラリア、メルボルンのラ・トローブ大学での在職中に、幸運にも私はエリック・ジョーンズ教授という同僚を数年の間得た。
彼は歴史を大局的に捉える勇気を与えてくれた。
本書は彼の著書『ヨーロッパの奇跡』に負うところが大きい。
私は本書において、この手法以外に訴えるべき独創性をもっていない。
私はこの内容を最初にオーストラリアの大学生に向けて講義した。
彼らはオーストラリアの歴史はよく学んでいるものの、はるかかなたの文明に関する知識がほとんどなかった。

なお、この版では初版から改定を行い、19世紀と20世紀について論じた新たな2章を付け加えている。

ジョン・ハースト