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リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ

リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ

田村次朗・隅田浩司/著

ISBN:978-4-487-80852-6
定価1,650円(本体1,500円+税10%)
発売年月日:2021年02月01日
ページ数:184
判型:四六変型判

解説:
対話力は、企業や集団が最良の意思決定をするために、特にリーダーに最も求められる能力の一つである。対話をせずに会話のみを続けていれば、未来はない。
会議や人との交流のなかで、場の雰囲気を重んじ、「「和を以て貴しとなす」の精神文化を持つ日本人にとって、「対話」は不要のものだった。対話という言葉を使っていても、実際は「会話」が行われていることが多い。対立を避け、相手に合わせるのが会話。しかし、対立を前提としているのが対話である。企業や役所などでは、相変わらず会話のみの不毛な会議が繰り返されている。対立を前提とする対話力をみがき、逆説的に対立や危機を回避する。本書では、対話力とは何か、なぜ重要なのかを具体的な事例を使って解説し、対話力を高め、それを活かす方法を紹介する。

はじめに

人は誰しも、喜怒哀楽、驚き、諦めなどの感情を持っている。人はまた、生活や環境の中で育まれた自らの価値観や見解を持っている。当然のことながら、それぞれの人のモノの見方や考え方は異なっている。同じ事実を見ても、人はそれを自分なりに理解して、他の人とは異なった捉え方をする。
よく考えればそれは当たり前のことである。しかし、身近な問題について話し合ったり、ビジネスの交渉を行ったりするときに、とかく人はそれを忘れてしまう。そして、言い争いや対立が起きる。また、人は、相手の意見に対して、自分で勝手に推理を働かせて、相手の意図を曲解して推し量る。その結果、言い争いや対立は一層激化する。
意見の違いや対立に対処するひとつの方法は、意見の相違点や対立する論点を明確にしたうえで、相手とじっくり話し合い、互いに理解し合うことである。頑なに自説を主張するのではなく、相手の話をよく聞いて理解する。これを「傾聴」という。その後、相手の話から得られたさまざまな情報を整理しながら自分の意見を表明して、合意を形成していく。
私たち(田村と隅田)の専門分野のひとつである「交渉学」は、人と人とのコミュニケーションのための学問である。ハーバード大学の故ロジャー・フィッシャー教授によれば、「交渉」とは、他人への要求を通そうとするときに用いる基本的手段であり、共通する利害と対立があるときに、合意に達するために行う相互コミュニケーションである。
故フィッシャー教授がつくり上げた交渉学を「ネゴシエーションv1.0」(『ハーバード流交渉術』三笠書房・1989年)と呼ぶ。その後、ダニエル・シャピロ教授が中心になって、人間が持つ感情面を重視した交渉学が展開され、これを「ネゴシエーションv2.0」(『新ハーバード流交渉術ー論理と感情をどう生かすか』講談社・2006年)と呼ぶ。さらに、最近では、解決不能と思われる対立を心理学的アプローチで乗り越える交渉学(ネゴシエーションv3.0ー『決定版・ネゴシエーション3.0ー解決不能な対立を心理学的アプローチで乗り越える』ダイヤモンド社・2020年)に進化している。
私たち(田村と隅田)は、交渉学研究のかたわら、折に触れて、日本で交渉学を普及させるために、大学や高校での授業やビジネスマン向けの講座などで講義やセミナーを行っている。実は、その過程で明らかになったことがある。それは、「交渉」の基本的な要素として「対話」があるということである。
「対話」とは、意見の相違を前提とした話し合いであり、「対話」が機能すれば、交渉はスムーズに運ぶ。交渉で、相手の話を傾聴し、相手を理解し、創造的な問題解決を行う力を「交渉力」という。それは同時に「対話力」でもある。
これまで日本社会では、異なった意見を前提にして、新たな問題解決に向けて話し合いを行うということはほとんどなかった。したがって、「対話」という言葉はあっても、独自の意味や意義を持つとは考えられていない。日常生活において、対話という言葉は、「会話」や「議論」とほぼ同義に使われている。
しかし、グローバル化が非可逆的に進行している現在、人は、好むと好まざるとにかかわらず、モノの見方や考え方が異なる人々との話し合う場に直面することが多くなっている。「対話」する機会が増え、「対話力」を持つことの重要性はますます高まっている。
今、哲学や精神医学の分野、そしてビジネスの現場で「対話」に注目が集まっている。哲学では、日本の各地で「哲学対話」が開催されている。精神医学では「対話で心を開く」という実践が広まっている。ビジネスでは、「対話」による新しい価値創造が期待されている。本書では、「交渉学」の視点から「対話」について論じるとともに、会議などの集団的意思決定の場での「対話」の具体的な活用法を提起している。

2020年12月
田村次朗・隅田浩司

「会話」の多いミーティングの例

「対話」のあるミーティングの例

本書の構成

本書は3つの章で構成されている。
第1章「対話ができない日本人」では、日本で「対話」が行われていない現状を「対話不全」と名付け、現実に行われている(であろう)会議やミーティングを事例に取り上げて、そこでは「対話」が行われていないこと、また、なぜ会議やミーティングの場で対話が行われないのかについて考察する。さらに、グローバル化やSNSの急進展によって、個人レベルでも世界の政治の場でも「対話不全」の状況が広がっていることを紹介する。
第2章「対話力を高める」では、まず、「『対話』とは何か」について考えるために、デヴィッド・ボーム『ダイアローグ』、中島義道『〈対話〉のない社会』、平田オリザ『対話のレッスン』などを参考にして、「対話」についての定義を確認する。また、「対話」についての議論を「哲学的対話論」と「実践的対話論」に分類し、それぞれの考え方や方法論を紹介する。
第3章「対話力を活かす」では、「キューバ危機」におけるケネディ大統領の決断などの事例を紹介しながら、組織内の意思決定における「対話」の重要性に着目する。そして、組織内意思決定では、「対話力」がグループダイナミクス(集団力学)の源となることを指摘し、「対話力」を活用して、どのように会議をマネージメントするかを、「SPICE(スパイス)アプローチ」を通して説明する。

著者情報

田村 次朗(たむら じろう)
慶應義塾大学法学部教授、弁護士。慶應義塾大学法学部卒、ハーバード・ロースクール修士課程修了、慶應義塾大学大学院。ブルッキングス研究所、アメリカ上院議員事務所客員研究員、ジョージタウン大学ロースクール兼任教授を経て、現職。ハーバード大学国際交渉学プログラム・インターナショナル・アカデミック・アドバイザー。ホワイト& ケース法律事務所特別顧問。
< 主な著書>『交渉の戦略』( ダイヤモンド社)、『16 歳からの交渉力』( 実務教育出版)、『独占禁止法』( 共著、弘文堂)、『ハーバード×慶應流 交渉学入門』( 中公新書ラクレ) ほか。

著者情報

隅田 浩司(すみだ こうじ)
東京富士大学経営学部教授。慶應義塾大学法学部法律学科、同大学大学院法学研究科修士課程、博士課程単位取得退学(博士・法学)。専門は経済法、国際経済法、グループ・ダイナミクス、交渉学。慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所(G-SEC)客員研究員。
< 主な著書>『戦略的交渉入門 』(共著、日経文庫)、『ビジュアル解説 交渉学入門』(共著、日本経済新聞出版社)、『プロフェッショナルの戦略交渉術―合意の質を高めるための31 ポイント』(日本経団連出版)ほか。

コンテンツ

序 章 混同されている「対話」・「会話」・「議論」
会話・議論・討論・対話/「対話」と「問答」/本書の構成 
第1章 対話ができない日本人
1 繰り返される対話不全のミーティング
日本に会議室はどのくらいあるのか/「対話」のない会議/トップが会議を支配する「パワープレイ」/「集団極性化」という最悪の選択/「対話」のないミーティング/「承認欲求」と「聞く耳持たない症候群」/座席表でわかる「ダメな会議」/対話不全の会議になってしまう5つの理由/よくありがちなミーティング/会話」ではなく「対話」を/豊かな言葉のやり取りが対話力を生み出す
2 対話不全の世界が広がる
「対話」からはほど遠い日本社会/ハイコンテクスト社会と対話を回避する風潮/受験病による対話不全/「和の精神」が対話を封じている/日本人は「対話」を必要としてこなかった/インターネットやSNSがもたらす対話不全/グローバル化の中の「対話不全
第2章 対話力を高める
1 対話とは何だろうか
高まる「対話」への関心/「対話」とは何か/哲学的対話論と実践的対話論
2 哲学的対話論
(1)哲学対話
「考える」ことにより「自由」になる/哲学対話のルール/「哲学対話」の場づくりとコミュニティボール/コミュニティボールの使い方
(2)ボームの対話論
ダイアローグとディスカッションの違い/「対話」の目的/「必要性」から生まれる衝動/「想定」と「意見」を保留状態にする/「対話」の原則
   (3)対話とは全裸の格闘技である
日本には〈対話〉がない/「言葉」という武器で戦う
3 実践的対話論
  (1)「オープンダイアローグ」と「パターン・ランゲージ」
対話力を高めるためのふたつの方法の組み合わせ/体験している世界・多様な声・新たな理解
  (2)組織の意思決定に「対話」を活かす
21世紀の組織は「水の流れ/個人のリーダーシップから「リレーショナル・リーダーシップ」へ
4 「対話」の位置づけ
「対話」とグループダイナミクス(「集団力学」)/「対話」を行ううえでの3つの注意事項
第3章 対話力を活かす
1 組織の中での意思決定と対話の重要性
組織とは何だろうか/組織における意思決定/リーダーとリーダーシップ/時代の変化と日本社会の対応/「適応課題」とアダプティブ・リーダーシップ/日常的にさまざまな意思決定が行われている/「対話」とグループダイナミクス/キューバ危機の勃発/ケネディ大統領のリーダーシップ/エクス・コムでの「対話」/オバマ大統領の「ビン・ラーディン計画」/「要塞」の住人を特定するための37通りの方法/「要塞」にどのように潜入するか?/複数の案を検討させ、想定外を減らした
2 組織の中での対話とSPICEアプローチ
(1)なぜ、グループダイナミクス(集団力学)が働かないのか?
よくある「リスク対策会議」/リスクのイメージが共有されていない/問題のあるクライシス会議/サイバーセキュリティと企業の対応
(2)SPICE(スパイス)アプローチ
グループダイナミクス(集団力学)を働かせるための5つのポイント/状況把握・利害関係者分析 (シチュエーション・ステークホルダー・アナリシスSituation, Stakeholder Analysis)/視点獲得(パースペクティブ・テイキング Perspective taking)/「課題」設定のポイントとなる視点獲得/課題を設定するための方法(イシュー・メイキング Issue Making)/さまざまなバイアスと「バレットタイム思考法」/因果関係と相関関係の違いを明確にすること/課題をどうつくるか/新型コロナ問題と専門家会議/「課題」の見つけ方/売り上げが当初見込みを下回った原因は?/「課題」解決のための選択肢を用意する(クリエーティヴ・オプション Creative options)/アンチプロブレムを活用する/4つ以上の解決策を策定する/評価と意思決定 (エヴァリュエーション・アンド・デシジョン・メイキング Evaluation and Decision Making)/より良い決断のための留意事項/「悪魔の代弁者」の役割/まとめ―SPICEアプローチ/図解―SPICEアプローチ