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2026.01.08
東京書籍から『新井紀子の読解力トレーニング』を出版された新井紀子先生に、本書を執筆されたきっかけや内容、読者に伝えたいことなどをお聞きしました。
大学時代の恩師との出会いをきっかけに、数学の面白さに気づき、数理論理学を専門とする研究者になった新井先生。2011年の人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」ではプロジェクトディレクタを務め、AIの可能性と限界を明らかにされました。さらに、2016年からは「読解力」を科学的に診断する「リーディングスキルテスト(以下、RST)」を開発。現在は読解力こそがAI時代を生き抜くために必要な力であると提唱されています。
現在は、国立情報学研究所 社会共有知研究センター長、および一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長として、読解力の研究に取り組んでいます。また、数学者としてAIや読解力、教育に関する講演活動や著書の執筆を通じた啓発活動も行っています。
私は、2011年から10年にわたり、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」を主導しました。このプロジェクトの過程で生まれたのが、現在取り組んでいるリーディングスキルテスト(RST)です。このテストは、「事実について書かれた短文を正確に読み解くスキル」を測るためのものです。このテストを人間とAIの両方に解いてもらい、「文章を正しく読み解くことに関しては、AIよりも人間のほうが優位である」ということを明らかにするつもりでした。ところが、実際にこのテストを中高生や大人に解いてもらうと、文章を正確に読めていない人たちが意外と多いことがわかったのです。
RSTは現在、小学校5年生から大人まで、累計50万人が受検しています。受検問題は、教科書や新聞記事など、「事実に関する文書」から出題され、選択式で回答します。
RSTは能力値7分類で11の読解プロセスを評価する。こちらは「係り受け解析」の例題。
このRSTの結果を分析すると、多くの人の読解力が「読める」と「読めない」の中間に位置し、「読めるつもり」になっているという実態が明らかになりました。RSTの結果と全国学力・学習状況調査の結果は相関性が高いというデータも得られています。誰でも読めると思いがちな、小中学校の教科書の文章でさえ、実は「読めている」とは限らないのです。
RSTを実施する中で「どうすれば読解力は上がりますか?」という質問をたくさんの受検者からいただきました。また、RSTの結果を分析する過程で、読解力は生まれつきのものではなく、後からでも伸ばせる能力であることもわかってきました。RSTで見えてきたことに基づき、読解力向上のための具体的なアプローチを12回のトレーニングとして体系的にまとめたものが本書です。
そうなんです! ただ、読むことは「入力行為」であり、書くことや話すことなどの「出力行為」とは違うため、「正確に読めているかどうか」を日常生活で客観的に把握するのは難しいと思います。
例えば、授業の場面を想像してみてください。先生が「読めた?わかった?」と児童生徒に聞いても、「読んだ!わかった!」という程度の解像度でしかわかりません。
その結果、文章の内容を理解できなかった児童生徒に対して、先生は「ちゃんと読んでごらん?」「しっかり読んでごらん?」といった抽象的な指示しかできませんでした。
こうした背景も、この本を作る大きなきっかけの一つになっています。本書では、文章を正しく読み解く指導をするための、具体的なトレーニング方法を紹介していますので、保護者だけでなく、児童生徒を指導する先生方にもご活用いただけると思います。
例えば、「視写」を通じて文章の構造を把握するトレーニングや、文章の意味を変えずに自分の言葉で言い換えるトレーニングなどがあります。
「視写」については、文章をただ文字として書き写すのではなく、意味のまとまり(句や文節)を意識しながら、書き写すトレーニング(視写ノート)を紹介しています。これによって、文の構造や修飾語を意識しながら文章を読む姿勢が身につきます。
p.59「3回目 自学自習で視写しよう」
他にも、教科特有の言葉づかいにも焦点を当てています。例えば算数では「いくつかの」「さまざまな」といった、普段の生活ではあまり使わない言葉が使われます。こうした言葉でつまずいていないかを確認し、それらに慣れるためのトレーニングも紹介しています。
p.185「9回目 算数の言葉づかいに慣れよう」
一般的な読解力の学習書は国語を題材にしていますが、本書は算数や社会、理科などを扱っている点ですね。国語では、文章を読むときに、「行間を読みましょう」とよく言われますが、本書の場合は「行中を読む」ことを大切にしています。情緒的な能力ではなく、文章を客観的な情報として分析し、理解するといった科学的なアプローチを取っているところが一番の特長です。
そういえば、先ほど教科特有の言い回しの話をしましたが、ここで質問です。「正三角形は二等辺三角形」だと思いますか?
(笑)。小学校で同じ質問をすると、多くの児童は口を揃えて「正三角形は二等辺三角形ではない」と答えます。これは、2つの辺の長さ「だけ」が一緒と思い込んでしまう、言葉の定義における包含関係が理解できていないということを示しています。「だけ」とは書いていませんよね。
このように、国語は得意でも算数の文章は読解できていないケースは少なくありません。私自身、この算数・数学の読み方が苦手で、大学に入るまで苦労しました。でも、これは才能の問題ではなく「読み方」の問題です。それに気づきさえすれば、私のように数学の研究者になることもできます。「読む力」はすべての学習の基盤になるので、早いうちに正しい読み方を学ぶ機会を持つことで、将来の選択肢が大きく広がる可能性もあります。
教科書を読む力は、現代社会のあらゆる文章を読み解くための基礎・基盤であり、これからの時代を生き抜くために不可欠なスキルです。教科書が読めないのに、ビジネス書が読めるということはありえません。だからこそ、将来の可能性や選択肢を広げ、人生で困らないように、小学校から高校生までの間に、ぜひ本書を活用して読解力を身につけてほしいという思いを込めてこの本を書きました。
また、大人の方には、もしお子さんが文章を読み解くのに苦労しているようであれば、読解力は生まれつきの才能ではなく、努力で伸ばせるものなんだよ、と伝えてあげてほしいと思います。
新井紀子(あらい・のりこ)
国立情報学研究所 社会共有知研究センター長・教授。一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長。東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学を経て、東京工業大学(現・東京科学大学)より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。
2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。
科学技術分野の文部科学大臣表彰、日本エッセイストクラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出版賞、エイボン女性教育賞、ビジネス書大賞などを受賞。
主な著書に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)、『シン読解力』(東洋経済新報社)、『新井紀子の読解力トレーニング』(東京書籍)、などがある。
『新井紀子の読解力トレーニング』の紹介ページはこちら