書籍編集の現場から
超約 ヨーロッパの歴史
定価1,980円(本体1,800円+税10%)
時を経て,2000年代から2010年代に出版された『銃・病原菌・鉄』,『21世紀の資本』,『サピエンス全史』など,人類の営みや社会構造をユニークな切り口で捉え直す人文書が,「社会人の教養ブーム」の後押しもあって現在も好調です。というわけで,文化事業本部の一般書部門でも,世界あるいは地域・各国の歴史を図版を多く用いて一冊にまとめた本を企画しようという機運が高まり,翻訳代理店などにもそんな『ヨーロッパの歴史』みたいな企画はないかと問い合わせてみました。すると,代理店からTHE SHORTEST HISTORY OF EUROPEという,約20の言語に翻訳・出版され,全世界で50万部程度売れている本の権利が空いているという情報が入ってきました。原題を直訳すると「最も短いヨーロッパの歴史」です。歴史家は,いくらでも長くヨーロッパ史を論じることができると思いますが,それは要約することがなかなか難しいということの裏返しでもあろうと,「最も短い」という挑戦的フレーズにまず惹かれました。そして著者が,オーストラリアという西欧文化圏にあると同時に地理的には西欧からみれば辺境にある土地で研究・教育にあたる歴史家である,という点にも可能性を感じました。既に当事者たちが描いた「正史」(94年の『ヨーロッパの歴史』のこと)があるのだから,2019年の『ヨーロッパの歴史』は,それとは別の見方からの,さらにエッセンシャルなものであるべきだと思ったのです。
書名は,「SHORTEST HISTORY」を「縮約した歴史」,すなわち「超約」と解釈して,『超約 ヨーロッパの歴史』としました。実際に本書では,ヨーロッパの歴史から,「ギリシャ・ローマの学問」「キリスト教」「ゲルマン戦士」という三つの要素を摘出し,それらの関係が時代ごとにどんなふうに変遷していくのかを図式的に整理して要約しており,原書の意図に既に「超約」という意味合いが含まれているとも言えます。歴史家で西欧史研究の第一人者,福井憲彦先生には,本書の企図を理解していただき,日本語版監修・序文の執筆を引き受けていただきました。
ところで,今年5月24日,英国のEU離脱をめぐる政権運営の混乱から,メイ首相が辞任を表明しましたが,94年の『ヨーロッパの歴史 欧州共通教科書』と2019年の『超約 ヨーロッパの歴史』,この25年間でEU加盟国が倍以上に増えた一方で,長く中心を占めた国の一つが外れることになります。福井先生に,「EUが大きな曲がり角に直面して苦悩している今だからこそ,そしてまたヨーロッパだけでなく世界全体が,大きな文明史的曲がり角に直面しているかもしれないからこそ,日本でもこの本は読まれるに値する」と序文で書いていただいたように,グローバルな時代に,世界史の枢要であり,常に自らのアイデンティティを模索し続けるヨーロッパの歴史を原理的に理解することの意味は大きいと考えています。本書がその助けになることを願ってやみません。
東京書籍 編集制作部
2019年8月