週末ゆる散歩 岸本葉子

葉ほどよい雑居が心地いい ―中目黒

 中目黒は、渋谷から東横線の各駅停車で二つめ、急行も停まるし、地下鉄も乗り入れている。
 でもなぜか、イメージが思い浮かびません。同じ東横線でも、おとなの代官山はストリートファッションの町として若い層に人気、自由が丘は女性の好きそうな家具や雑貨屋の町と、散歩したことのない私にも、なんとなくキャッチフレーズが頭の中に入っているけれど。
「ひと昔前までは、ナカメで遊んでいるというと、通な人って印象。焼き鳥やホルモン焼きの店で飲むっていう、渋い感じね」
 私より詳しい人は、ナカメという呼び名を使って、そう語る。東横線沿線でも庶民的な町との位置づけだったとか。
「今はおしゃれな古着屋さんやカフェが、目黒川沿いにずっと続いているよ」
 と別の人。この十年くらいの間に現れ、今もどんどんできていると。変化が現在進行形というわけか。
 二人の話に共通なのが、
「桜の季節は、すごく混む」
 目黒川沿いに桜並木があって、花のときにはたいへんな人出らしい。
 ゆる散歩としては、混雑を避け、あえて季節を外して行くことに。
 ガイドブックにも、書店で探したところ代官山、自由が丘はありながら中目黒は載っていないので、事前の調べ物はほとんどなしに、とにかく目黒川をめざします。
 東横線のホームに降りると、おお、早くも目黒川が見える。下りホームのいちばん後ろのはしっこに立つと、お稲荷さんの鳥居のような朱色に塗られた欄干と、その下をくぐる浅い流れが。ときは秋、桜の葉がちょうど散りはじめる頃。色づいた葉が水辺をふちどり、こじんまりした川ながら、なかなかにいい感じです。
 橋のたもとには「モツ焼き」の看板。あれが昔ながらの、通な人の行くところですね。
 改札を出て、高架の下を戻るかたちで橋へと向かえば、左手にいきなり外国人がレジを打っている、オープンカフェが現れる。右手にはタワーマンションか建設中で、前方の「モツ焼き」の看板との対比が、いかにも新旧折り合わせ。
 ガード下には数羽の鳩がいて、ここに棲みついている年月を示すかのように黒ずんでいるのには、なんとなくほっとする。人をおそれるふうもなく、ガードと川べりの柵の手すりとの間を、気ままに飛び移っているのでした。
 川に沿って上流へ。なるほど桜が並んでいます。先の方までずっと。背は高くないけれど、川幅が狭いので、両岸からさし出される枝が流れの上で交差して、桜の天蓋をつくっている。花の頃は、さぞやきれいなことでしょう。
「緑の天蓋(写真右)」 「気持ちいいですね」
 今はまだ葉が残っているので、緑の天蓋。風が吹き抜けるにつれ、色づいた葉が順々に枝を離れる。柵に寄って下を覗くと、川底に散り敷いた黄色い葉が、透けて見えて、思いのほか水はきれい。
意外と狭い川幅 散り敷いた葉が透けて見えます。
 気持ちいい。駅を出てほどなくのところにあった案内図によると、すぐそばを山手通りが平行して走っているようなのに、別世界です。
 桜の木の間のところどころにある、陽あたりのいいベンチでは、近くの店の店員さんなのか、自然素材の服をまとった若い女性が二人、サンドイッチを食べている。こんなところでランチがとれるのはリバーサイドならでは。「ここは川面を眺める場所です。自転車、バイク、資材などを置かないでください」との札も柵にとりつけてあって、川を「眺める」という行為を、地元の人がたいせつにしていることが感じられる。手すりから吊り下げられている吸殻入れの赤いバケツも、おしゃれな雑貨の趣で、雰囲気を出す小道具となっています。
 ベンチにいるのは、若い女性だけではありません。杖を傍らに休んでいるご老人、点検の見回り途中で一服しているような作業服の中年男性、ヘルメットを傍らにした配達の人。
 今ふうではないものを排除するような「おしゃれ」な町には共感できないけれど、ここはほどよい雑居感がいいですね。川べりには工場も特養ホームもあるし、三、四階建てのマンションもふつうの家も建っている。ある家のドアノブには町会の「班長」の札が下がっていて、
「町会が、ここではまだ機能しているのだ」
 と感動しました。
 お店ではない建物の向かい側にも、桜の木と木の間に、緑を補うように鉢植えが置かれ、川沿いの美観をみんなで守り育てようとしている姿勢が伝わってくる。建物の窓は面していないのに置くのは、自分のためではないですものね。
 その鉢植えがつた系の観葉ではなく、下町の家の軒先によくある多肉植物であるところにほっとする。
 おしゃれすぎないところが、中目黒のよさですね。古い一戸建ての前の空きスペースに、何やらかわいいバンが停まっている。カラフルな貼り紙に「カレーとナン take outのお店」とある。移動販売のカレー屋だ。
移動販売のカレー屋さん
「飲み物だけでもいいですか?」
 と声をかけると、奥から帽子を着けた私と同世代の女性が出てきて、
「あ、はい、今からお湯をわかすので少しお時間はかかりますけれど、どうぞ」
 裏に回ると、後部にはガス台や鍋、大きな炊飯ジャーなどが所狭しと詰まっている。キッチンを兼ねた車の中を目にするははじめてで面白い。
 気さくな女性で、コンロの上にかかった鍋から、カレーをひと口、紙のスプーンにすくい、味見させてくれる。化学調味料や保存料をいっさい使わず、煮込むとか。
「コックさんはインド人でスタッフは日本人だから、スパイスは本格的で、味は日本人の好みに合うようにしてあるんです」
 と説明する。
「実はここにお店出すの、今日はじめてなんですよ」
 紙の食器を出したりと、店開きの準備をする間にも、自転車で通りかかった人や、制服のベストとスカートにお財布だけ持ってやって来た、近くにお勤めふうの女性が足を止め、いつの間にか列ができて、カレー屋さんはにわかに忙しくなった。はじめての日に居合わせた私としては、早速買っていく人がいてなんとなくうれしい。幸先のいい客になれたようで。
 カレー屋さんが店開きした空きスペースの後ろの家は、木造モルタルの二階建て。学生の頃住んでいたアパートを思わせる、黄色い壁が懐かしい。入り口前には木の床が張り出され、土のところに植えられた樹が成長し、軒を突き抜けている。二階には物干し台に、同じく床を張ったテラス。家と木とがともに呼吸をしているような心地よさげな佇まいだけれど、入り口ガラスの貼り紙によれば、残念ながら閉店したらしい。上目六さくらショッピングセンターといい、カフェ、パン屋、レストランが入っていたが、建物の老朽化により、営業できなくなったそう。人気のある店だったのか、コーヒーをまっている間にも、何組もの人がやって来ては、貼り紙を見て、惜しむように眺めて去っていく。開店初日からのお客さんにとまどいながら、一生懸命カレーを売る人が、その前に。
 これもひとつの新旧交代。これから目黒川沿いには、こういったシーンがあちこちで見られるようになるのだろうなと思いつつ、終わった店の前に置かれている、座面が破れたパイプ椅子に腰かけ、コーヒーをすすります。
 今はふつうに人が住んでいるマンションにも、お店ができていくのでしょう。
「すると、このへんの古いマンションはかなり値上がりしているはず。川沿いの一階の部屋を持っていた人は、買います攻勢がすごいかも」
 などと下世話なことをつい考えてしまう私です。
 川風で頭の中を入れ替え、再び散歩。お昼どきとあって、川沿いに布張りの椅子を持ち出し、憩える人も。
 私もそろそろお昼にしよう。行ってみたい店があり、それだけは下調べをしてきたのです。ホームページから印刷した地図によると、そろそろ橋を右へ渡って、川から少し離れるはず。T字路や直角でない曲がり方をした細い道があり、このへんはいかにも昔の町のつくり。角の白い建物に「8」の字の看板が出ていて、ここです、「カフェエイト」。木のテラスの上にサイドカー付きの赤い自転車が停めてある。目黒川近辺は、木のテラス率が高い気がします。
「カフェエイト」
 扉を開けると、正面のガラスケースに、手でまるめたような形のパンや焼き菓子が、目に飛び込んできた。
おいしそう! すっきりとした店内
雰囲気が出てますね。
 ヴィーガン、すなわち純菜食のカフェ。ヴェジタリアンの中には、野菜に加えて乳製品はよしとする、乳製品と卵までは含めるなど、いろいろな考え方があるけれど、ここは動物性のものはまったく使わないお店。
 野菜の他、小型の魚は食べる私のごはんと完全に同じではないけれど、とり入れられる工夫がたくさんありそうで、ぜひ来てみたいと思っていた。
 日替わりスペシャルランチのこの日は、テンペの竜田揚げ丼。板状をした大豆の発酵食品テンペを揚げたものは、揚げる前に漬け汁に浸しておいたのか、味わい充分。カボチャの黄色、糸唐辛子のアカと、見た目もカラフルで楽しい。
本日のランチ。
動物性のものは一切使われていません。
「植物性のもののみで満足感を出すポイントは、下味をつけることと盛り付けかな」
 と学びました。ご飯は玄米。別皿に、おひたしをはじめ三種のデリが添えられ、野菜がたっぷりとれる。
 散歩の行く先々にこんなお店があれば、たいへんいいのだけれど。
 使い込んだ風合いの木のテーブル、籐の肘掛け椅子が居心地よく、ずいぶんゆっくりしてしまった。
 さあ、もう一度目黒川沿いに出て、さっきと反対側の川べりを、ゆるゆる帰ろう。
撮影 塩沢 槙
能町みね子
エッセイスト。1961年鎌倉市生まれ。東京大学教養学部卒業。保険会社勤務後、中国に留学(北京外国語学院)。帰国後、日常生活や旅を綴ったエッセイを発表し、多くの女性の共感を得てきた。2001年、虫垂がんの手術を受けるが、その後も精力的に執筆活動を続けている。
著書に『がんから始まる』(文春文庫)、『「ほどほど」がだいじ がんから5年』(文藝春秋)、『刺激的生活』(潮出版社)、『そろそろ旅へ モンゴルのおすそわけ』(東京書籍)、『からだに悪い?』(中央公論新社)など多数。
つづく
(2月掲載予定)