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ICT サポート情報 教育の情報化の現状と展望
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教育の情報化の現状

2020年を目標に,次代をリードする能力を児童生徒に付けるべく,21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指した様々な取り組みが展開されている。それらは,ICTを活用した学習環境の構築,学習方法や指導法の開発,デジタル教科書の開発,教師のICT活用指導力向上に向けた研修,校務の情報化など多岐にわたる。

特に,2010年からは,一人一台のタブレットPC,各教室への電子黒板,学校内の無線LANなど,いつでもどこでも学べる21世紀の学習環境と学習方法を実証研究するフューチャースクール推進事業(総務省)や,学びのイノベーション事業(文部科学省)などの先端的な取り組みが行われた。児童生徒が日常的にコンピュータやインターネットを活用することで個の学習とともに協働的学びが促進され,学力はもとより,思考・判断・表現の力や協調・協働作業能力等が向上する可能性が示された。環境整備を図ればもともと優れた教育技術を持つ日本の教師が教科指導の成果を上げるのは当然の帰結であろう。


教育の情報化を進めるときの問題

さて,教育の情報化を進めるときの問題は,このような21世紀にふさわしい学習環境の構築とともに,それを活かす教育カリキュラムを学習課程の中にどう位置付けるか,ということだ。

タブレットPCなどの比較的安価な情報端末の普及で,ICT学習環境の構築は容易になってきている。オーストラリアなどではBYOD(Bring Your Own Device)政策のもと,自分自身の情報端末を持って学校へ行く時代が始まってきている。日本でもそのような取り組みを始める自治体が出てきた。今後,学習機器としての一人一台PCは加速するであろう。

ここで問題なのが,情報活用能力を育成する体系的な教育カリキュラムと教師の意識である。学習指導要領では「コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や情報モラルを身に付け,適切に活用できるようにするための学習活動を充実する」とあるが,このような学習活動が教科として位置付いていない現状では,特定の教科か総合的な学習の時間での実施になろう。筆者が毎年調査している,教育の情報化が最も進んだシンガポールでも実態は似たようなもので,応用学習の時間として位置付けられている。


教育の情報化の展望――シンガポールの事例をもとに
学校と家庭をシームレスにつなぐ学習環境

シンガポールの典型的な例として,フューチャースクールのひとつである Nan Chao 小学校を紹介しよう。同校では,6年間を2年ずつ,慣れる・体験する・活用するの3段階に区分している。1年次から基本操作はもちろんのこと,パスワード管理やネチケットの基本を学習する。重要なことは,これらが「学習のための学習ではない」ということだ。シンガポールでは,小学校1年次から教育用ポータルサイトにアクセスし,学校で学習した課題を自宅でも継続して学習できるよう,学校と家庭をシームレスにつなぐ学習環境が構築されている。教師は学習内容に関する宿題をアップしたり,その宿題をもとに授業を展開したりする。また,保護者も,子どもの学校での活動や学習到達度をいつでもチェックすることができるのだ。

総学校数が400足らずのシンガポールだからこのような教育システムが実現できるということもあるが,情報化先進国を標榜する我が国でも,少なくとも県単位や地方教育委員会レベルでこのようなきめ細かいポータルサイトの構築を目指すべきであろう。


体系的な情報活用能力の育成

話を元に戻そう。6年間を低・中・高と3段階に区分したた応用学習の時間は,それぞれさらに細かく,コンピュータの操作技術(ICT),セキュリティ・ネチケット・著作権等情報教育的内容(Cyber Wellness),自らのチャレンジ(I-Can),協働的プロジェクト作業(Project work)の4ブロックに区分される。このブロックが発達段階に応じてうまく組み合わされ,6年間を通してコンピュータやインターネットの基本的操作技術から応用,情報社会を健全に生きる知識や技術,協働・協調作業能力の育成が図られている。もちろん,この応用学習の時間を中心に育成された情報活用能力が各教科の中で活用されているのは言うまでもない。

我が国でも,問題解決能力を育成する総合的な学習の時間が設置されている。教育の情報化が求める情報教育や教科での学習理解の促進のためにも,各学校が核になる学習時間を確保し,体系的な情報活用能力の育成に努める必要があろう。情報環境の整備とともに,そのような教育カリキュラムの構築を視野に入れた取り組みが求められる。


教師の意識改革

次に教師の意識改革だ。ICTの教育利用に関しては,SAMRモデルというフレームワークがある。最初は,代替(Substitution)――紙資料で提示していたものを電子的に提示するだけの行為だ。次に,拡大(Augmentation)――従来の方法の単なる置換えではなく,電子的機能を使って,より高い教育効果を期待する行為だ。資料の拡大や比較,提示資料への書き込みなどである。ICT活用技術に必ずしも慣れていない教師にとって,まずは代替と拡大が活用への第一歩であろう。また,拡大縮小機能や保存機能を活用して,いつでも学習の振り返りを可能にする行為は,従来の指導法の強化にもつながる。

SAMRモデルでは,さらに,従来の教育方法を変革(Modification)し,再定義(Redefinition)していく段階があるが,これはある意味では,新たな能力開発のための教育方法開発でもある。児童生徒自身が自ら調べ,グループで議論し,まとめ,伝える活動は従来から行われてきた教育方法であるが,ここにコンピュータやインターネットなどの情報通信技術が加わることで,新たな能力開発が可能となるのだ。まさにICTを活用した教育方法の変革であろう。その活動を通して,教科の学習のみならず,情報活用の実践力や21世紀型スキルが求める能力開発につながる。変革や再定義は,教師主導の伝達型教授技法から子どもたち自身による協働協調学習の推進など構成主義的教授技法への転換を促す。どちらが良い・悪いの問題ではない。


タブレットPCや電子黒板などのハードウェアとデジタル教科書やデジタル教材などのソフトウェア。このハードとソフトを上手に使いこなす教師の力量で,次代を生きる児童生徒の学びが広がる。教育の情報化の一層の推進を期待したい。


山西 潤一 (やまにし じゅんいち)

富山県生まれ。大阪大学大学院博士課程修了。工学博士。富山大学講師などを経て,現職。同大評議員,人間発達科学部長,理事・副学長などを歴任。また,日本教育工学会会長,日本教育工学協会前会長,パナソニック教育財団理事など,教育と情報化に関わる団体の要職も多数務めている。平成24年度視聴覚教育・情報教育功労者,文部科学大臣表彰受賞。

※平成27年4月掲載
※執筆者の所属や役職は執筆時のものです

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